~ユノ~

 

 

「チャンミン...寝るな。

時間が勿体ないよ」

 

 

チャンミンの丸めた背を揺すると、「うう...ん」と唸り彼はゆらりと身を起こした。

 

 

横抱きにして攻めたら、余程よかったのか顎をがくがくさせていた。

 

 

この狭苦しい部屋に閉じ込められて、俺たちは繋がってみたり、言葉を交わしたり、また繋がったり...を繰り返している。

 

 

始終、いやらしいことをしている訳じゃなくて、4割くらいかな。

 

 

チャンミンとはいろんなことを話す。

 

 

その日あったこと、感じたこと、とある事柄についての見解など。

 

 

俺もチャンミンも、彼女たちについての話題を巧妙に避けている。

 

 

思い出話が一番、罪がない。

 

 

まだお互いが若く、現実から目を背けていられて、甘ったれていられた時のこと。

 

 

全てが底抜けに明るく、隣にいる1分1秒にげらげらと腹をかかえて笑えてくるくらい。

 

 

目をキラキラと輝かせたチャンミンの、髪の毛1本すら愛おしくて。

 

 

「楽しかったなぁ...」

 

 

しみじみとした俺の言い方に、チャンミンは「ジジくさいなぁ」と笑う。

 

 

向かい合わせに寝っ転がった俺たちは、くすくす笑いが止まらない。

 

 

「目尻にしわができてるぞ」

 

 

チャンミンの目尻をつん、と指で突く。

 

 

「それなりに苦労したし、いい大人だからね。

...いいなぁ、ユノは」

 

 

「いいなぁ、って?

羨ましいことなんてあるのか?

チャンミンの方こそ、充実してるんじゃないのか?」

 

 

 

「...どうだろう...。

何が幸せなのか、分からなくなってきたんだ」

 

 

「暗い顔するなって」

 

 

「もっとずっと、ユノといたい」

 

 

「いればいいじゃないか。

こうやって、会ってるじゃないか」

 

 

「それじゃ、足らないんだ」

 

 

近頃の俺たちは、こんな会話ばかり交わしている。

 

 

もっと一緒に居たいのなら、居ればいいじゃないか。

 

 

その方法を二人とも知っている。

 

 

簡単なことなのに、なかなか難しいことなのだ。

 

 

俺たちを閉じ込める小部屋の壁を...コンクリートと鉄筋で頑丈に造られた壁を、ハンマーで叩き壊すことはできるかな。

 

 

時間がかかるだろうなぁ。

 

 

穴が開いて、外光が射す頃には、肩を痛めているだろうなぁ。

 

 

それよりもっと怖いのは、なかなか開かない穴に焦れてきて、互いに苛立って罵りあうようになること。

 

 

やはり、こうやって、日常の空気から遮断されたこの部屋で、思い出話と強烈な快感に浸っているのが、罪がないのだ。

 

 

日常を忘れて、平和で甘い時間を過ごしたい。

 

 

...そう言い聞かせてきたんだけど。

 

 

秒針がたてるコチコチ音が、耳障りになってきた。

 

 

間もなくAM6:00。

 

 

「うー」と唸ったチャンミンは、シーツの中にもぐりこんでしまった。

 

 

「時間だぞ」

 

 

「やだなぁ。

帰りたくない」

 

 

シーツから目だけを覗かせたチャンミン。

 

 

「帰りたくないのは俺も同じだよ」

 

 

こういう子供っぽい仕草は、昔と変わらないな。

 

 

くしゃりと髪を撫ぜてやった俺は、「先に帰るぞ」と、チャンミンに背を向けた。

 

 

「ユノ」

 

 

呼ばれて振り返った。

 

 

「一緒にいたい...ずっと」

 

 

「そうだな」

 

 

それ以上の言葉が、出てこなかった。

 

 


 

 

 

地上26階から見下ろす風景。

 

 

朝日が昇りたての街は、空との境が曖昧でぼうっと霞んでいる。

 

 

電子レンジで温めた昨日の珈琲。

 

 

香りも味も薄っぺらい、色が付いているだけのお湯をすする。

 

 

彼女が目を覚ましてくる前に、こうやって一人、窓外を眺めるのが日課だった。

 

 

俺の目には実は、何も映っていない。

 

 

窓ガラスに額をつけて、物思いにふけっているフリをしているのだ。

 

 

頭の中は、あいつのことでいっぱいだ。

 

 

ついさっきまで、確かに俺の腕の中にいたのに、今はいない。

 

 

「一緒にいたい...ずっと」の言葉に即答できるはずなのに、言い控えてしまった。

 

 

ちゃんと家に帰れたかな。

 

 

あいつに噛まれたはずの肩を、シャツの上からさすっても、痛くも痒くもなくて寂しい。

 

 

あいつとの逢瀬を待ち望む気持ちが、俺の日常にじわじわと侵食してきた。

 

 

先に手放したのは、俺の方だ。

 

 

こんな意に反したこと、そろそろ終わりにしないとな。

 

 

終わらせるのが、俺の役目だ。

 

 

(つづく)

 

 

※4話完結です

 

 

 

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2020年1月10日初投稿