2年前に書いたblog

 

「自殺を止める責任」

 

と似たような内容で今回はネット内の人との関係で思ったこと。

 

 

心(精神)が不安定な面識のない活字だけの関係の人に…こうした方がいい…ああした方がいい…

ってアドバイスをすることにも責任が伴うんだな、って今更ながらに分かりました。

自分が体験したことではないのですが目の前で行われるやり取りでそう感じました。

 

同じように心(精神)の不安定さを経験した人や今でもそれを抱えて生きてるって人は悪気はなくて相手に良くなって欲しいって気持ちでアドバイスをするのですが、

(私もこのブログには書いてますよ、自分のブログだから何を書いていいという訳ではないけど個人に対して強制はしませんよ💦)

本当に相手はどう受け取るか、それを冷静に見てる人たちも自分と同じ考えや感じ方をしてはいない、と言うことなんですね。

 

例として過去のトラウマの話題を何度も出されて辛くなったのでその話はやめて欲しいと誰かが言う。

でも悪気のない誰かは「でもそうやって逃げてたら前に進めないよね?自分はもっと酷いトラウマがある。でも逃げられないから心を強くしないといけない、いつまでも良くはならないよ。」

と言う。

 

この関係性が実際知ってる友達なんかだったら分かるんですが、会ったこともなくネットの中で活字だけの関係で言われても、私だったら正直 「余計なお世話だよ!」って思ってしまう。

 

人が同じ傷を負っても傷の深さは人それぞれで、傷の癒えるスピードも同じではない。

 

プロの心理士さんとのカウンセリングですらお互いの信頼関係が成り立つまでは、

「こうした方がいい!」 と言えない。

 

なので、その自分の経験を「こうした方がいい」と言う(押し付ける)ならば、言われてその後何かあった時の責任まで取る覚悟で言わないとダメなんだなって思いました。

 

結果…空気が悪くなってしまって、「こうした方がいい」と言った本人も傷ついて自棄になってしまった。

 

 

今まで心の問題を抱えた者同士が馴れ合っていい結果になった試しがない。

最初だけは”理解してくれる”ってお互い思えるんだろうけど、お互いが潰れるケースが多すぎます。

 

 

なので素人の私も 「傾聴」ひたすら「傾聴」 それが一番無難で相手と自分を守る対応なんだな、と分かった、と言うことだーーー。。

 

 

極々稀に活字でも通じる人っているけど、それはよっぽどの想像力や自分にはない力を備えている人だと思う。