私が嫌悪感を抱くネット上の人

死にます宣言と
依存したい/されたい

今はこの二つが異常にうざい。


「これから死にます」

とか

「この季節が終わったら逝きます」

とかさ。


見ず知らずのネットでの活字抱けの人が
死にたいって言ってても
(ふーん・・・)
としかならないんだけどな

昔このブログにも書いたけど
自殺を止めるなら止める責任が生じるってこと


口先だけでは自殺を止めただけで
その人を救ったり癒したりすることにはならない

そんな自殺志願者は
止められたことに味占めて
何かあると
また死にます宣言をするんですよ


ネット上で死にたいと言う人は
誰かに止めてほしいんだと思います

本当に死にたいなら
見ず知らずの人に伝える必要はないもの

人を振り向かせる有効な手段として
死にたいは通じない
死にたいが溢れすぎて慣れてしまうんですね

それより今!人を振り向かせるには・・・
こんな事があってあんな事も・・・

「だけど生きていきたいんだ!!」

こう言う気持ちを持った人には
何かしてあげたい!と思うんだよね

もう自殺とか殺したいとかはありふれてしまってるので
感覚麻痺起こして反応が薄くなってる時代です




《素直》


に死にたくないから助けて!

と言った方がいいです






二つ目の依存したい/されたい


これね
最悪ですよ

重いし
楽しくない

多分
本当の依存を知らない人が言ってるんだと思う


ただ束縛したい/されたいレベルの
依存のことをイメージなんじゃないかな

一度本物の依存を経験してみなよ
二度とゴメンってなるよ


そして
メンヘラなんて宣言しなくていいよ
メンヘラって事を利用しないでほしい
病み系だとか?
そんなのもいらないから

自分はメンヘラだから‥って何かあると言い訳に使うしさ

もう自分を上げる必要も下げる必要もないよー





以上この2点が 
 《私が》

いらつくと感じたことです。