共依存は強いことを知ってます

 
私自身 つい6年前まで
くだらないDV男と強い依存心で4年半も殴られ蹴られながら
一緒にいました
 
類友かな
周りの友人知人も
DV被害に遭ってる子が多かったんです
 
私の中学からの唯一の親友も
11年に渡ってDV男と同棲してました
 
親友は よく生きててくれた と思うくらいの
酷い怪我を負わされていた
 
腰の骨を折られたり
アキレス腱を切られたり
 
私思わず聞いてしまったもん
 
「アキレス腱なんて どうやって切られるの??」
 
って
 
そうしたらプロレス技みたいのをかけられて切られたって
 
それで借金も背負わされてしまった
 
今でも毎月返済してる
 
DVの度合いもなにもないけど あるのだろうか?
 
 
また違う知人は 
8年DV男と同棲し いろんなものを犠牲にしてきた
 
こういった年数を見るだけでも
別れられない強い依存があるのが分かる
 
そして今まさにDV世界で生きてる友達がいる
 
話を聞くと誰もが別れた方がいいって言うけど
DV世界はある意味洗脳でもあるので
自分で気づいて目が覚めるまでは
周りが何を言っても効果がない
 
 
そのDV被害を受けてて洗脳が覚めたとき
今まで好きだと思ってたDV彼氏が急にゴミのように思えて
なんでこんなのと付き合ってたんだろうって思うのだけど
 
洗脳に気づくときはどんなときか?
と私の経験で話すと。。。
 
 
自分より大事な存在を傷つけたときでした
 
 
 
私にとって大事な存在は 愛犬でした
子供がいれば子供だったと思う
 
10歳の小型犬と
まだ1歳にもならない小型犬でした
 
一応10歳の小型犬は私がずっと一緒に生きてきた
そして1歳にもならない小型犬は
そのDV彼氏が一目惚れして私がおかねを貸して買った子
 
その2匹がいても
私が殴られたり蹴られたりは常にあって
私はいつもその2匹を守らなければって
2匹を抱えて逃げてました
 
ある時
いつものように2匹を抱っこして逃げてるときに
彼氏が私を蹴りました
そうしたらその蹴りが1歳にもならない小型犬に当たってしまった
 
「キャン!」
 
って鳴いて なにするの!? と言う感じで
犬も
 
「ぎゃんぎゃん!!」
 
と吠えかかってました
 
 
もう私はここで目が覚めた と言うか
この愛犬たちを守らないと!
それはだっこして抱えて逃げて守ることではなくて
もうこの場所から離れて この男と会わず
私が殴られてる光景も見せてはいけない と言う守り
 
 
ここで私は
悲劇のヒロインになりきってた自分に気づきました
 
自分で暴力と恐怖の世界につかっていたんだって
そこから出ようとしないで
私さえ我慢すれば、、、と言う変な責任感にとらわれて
でも自分が我慢してでも
そこにいて守りたいものはなにか…
 
と考えました
 
どうしても不幸に浸ってたい自分
私には この男しかいないって勘違い
耐える自分に酔ってる
 
それが相手と自分だけなら
全然いいと思う
望んでそこにいて
そこで生活して
その男と一緒にいたいんだから
 
 
でも自分たち以外の存在がいたら?
 
自分さえ耐えれば 
という自己陶酔とか自己満足に浸ってられないですよね
 
子供だったら
当然
その子供に危害を加えられたくない
自分が殴られてる姿なんか見せたくない
 
と思いますね
 
それが口もきけず
自分の意思でドアをあけて逃げることもできないペットなら
尚更
守る行動に出ますよね
 
 
ペットが
可愛いかわいい というなら
そこまで考えてほしい
 
その状況は
ペットに対しての愛情なのか
自分への愛情なのか
 
 
 
そして離れて気づくことは
DV彼氏と一緒にいたのは
自分が好きとか愛してるという恋愛感情ではないこと
その人にしがみつくことで自分の存在価値があっただけということ
 
愛情ではなくて執着
 
 
それに大事な存在を巻き添えにしてただけ
 
 
 
本当に大事なものはなにか
守りたいものはなにか
自分の依存をたつか
大事なものを犠牲にするか
 
 
私たちは人間です
考える力があります
 
鎖に繋がれた象ではありません
 
 
 
かわいいとか
大事とか言うけど
本当にかわいくて大事ならば
 
 
自ずと自分がとるべき行動がわかりますよね
 
 
 
 
 
精神病や情緒不安定は
暴力の免罪符にはなりません
 
 
そしてDV世界に浸ってるDV被害者
目を覚ましてください