この間、17年前にワタシが書いていた日記を読み返して、当時の辛かった心境を思い出しました。

 

年は22歳だったので、病状も悪化していく一方で永遠に出口には出れないような絶望感がありましたが、

それから17年後の今、少なくとも後退はしていない。

 

 

「境界性人格障害と診断された22歳の時に書いた日記の中の思いをピックアップしてここに残します。」

 

 

 

上の日記は7月20日の海の日に書いたものです。

 

「22歳にもなってしまった。」って、まだ22歳。十分若いんだけどな。

当時は焦りがありました。

 

「良い意味で心を成長させて大人になる事を受け入れる事ができなければ、一生治る事はないと思う。」

 

こういう風に、頭では分かってるんですよね。

逆に、適当に生きれない自分で、~~~であるべき。と、頭の中での理想は硬くなり、それに心が追いつかずジレンマを抱えてる状態だったのかな。

 

 

 

 

そして、上の日記を読んで自分でびっくりしたことですが、ワタシ、子供が欲しかったんですね。

だけど、薬を飲んでるから妊娠することも出来ないから子供を産めるわけがない。

 

これも、自分の理想と思ってることに現実が伴わない。

気持ちが整理できないから、苦しかったのかな。

 

今、私が「子供なんていらない。」  って思ってて、それは過去も今もこれからも「いらない、産まない」選択をしてたと思ってたけど、

違ったのですね。

今は、子供だけが全てではないし、子供がいない生活でも私は十分充実していて、今の生活を保っていたいです。

ワタシが、「産まない」理由の一つには、今の生活を変えたくないのと、自分を犠牲にしてまで子供が欲しいと思わない、と言うこと。

こういう考えの人は、産まないのが正解だと思います。

 

少子化対策には協力出来ませんが、その他のことではボランティアで協力してますよ。

 

 

7月21日(土)の日記

 

「ちょっと気を抜くと、過食しそうだ。我慢しなきゃ。我慢して辛いのと、過食して辛いのどっちがいいだろう?

外に出ても、誰も知ってる人がいない。さみしい。

こんなコロコロ変わる感情に振り回されて、ワタシの周りにいる人は本当に大変だろうな。

 

隣のうちは、いるも誰かが行き来して、笑い声が聞こえていいなぁ。その隣で私は一人ぼっち。

死にたい、死ななくても今の頭の中にある記憶、全て消したい。

自分が今までしたこと、されたこと、今の病気のこと、全て無かったことにしてほしい。

なんで、こんなワタシが生かされてるのだろう・・・

なんで産まれてきちゃったんだろう・・・

そもそも、ワタシが生まれなければ、家族みんな今よりは幸せだったんじゃないかな?

パパとママ、結婚しないで済んだのに。

パパは今頃 何をして何を考えているだろう。

ワタシたち、3人の子供のこと、思い出したりしてくれてるかな?

旅行の時のこととか、仲良く出掛けたりしたこと、覚えててくれてるかな?

ワタシのこと、心配してくれてるかな?

ワタシから連絡しなかったり、パパが引越ししたりとかしたら、もう二度と会うことはないのかな?

自分の父親なのに。パパなのに。 ワタシはパパだと思ってるのに。

誰も代わりはいないパパなのに。 さみしい。

 

パパも一人で淋しいだろうな。お酒にしか頼れないんだよね。

一人は淋しいもん。仕方ないよ。

 

みんなが幸せになれればいいのにな。」

 

 

 

こんな事が、とある1日の日記に書かれていました。

 

 

なんか、自分なんだけど・・・

昔の自分なんだけど・・・

 

タイムマシーンで、この日記を書いてる私のところに行けたら、

 

「大丈夫だよ!!」

 

って言ってあげたい。。。笑

 

 

 

まだ、この時は父も生きてたのに、何も親孝行は出来なかったな。

やっと落ち着いた今は、もういない、なんて・・・

皮肉?

親孝行したいときに親はいないって本当なんだな。