今2018年なので、17年前が2001年です。
その2001年から私は日記を書き始めました。
当時は、こんな風にブログに綴ることが出来なかったから、ひたすら自分の思いを文字にしてノートにぶつけてました。
1冊目の日記。
時代を感じるプリクラが貼ってあります。
この日記を書いてるときは、一度目の結婚をしてるときです。
当時、周りの人が不思議がってましたが、21歳で両家の親に何も言わず勝手に籍を入れました。
「子供できたの?」
って、 みんな聞いてきましたが、子供が出来た訳ではなくデキ婚でもないんです。
余計不思議がってましたが。
理由は、後々親に話しましたけどね。
若いですよね、日記の時は22歳になってるかな。
どんなことを書いてあるのかな~?って、たまに読み返すことがあります。
この2001年には、私は既に精神科に通っていて何種類もの安定剤や眠剤を飲んで、若さもあってかなりの不安定さが分かります。
この時の病名は、
「境界性人格障害」
だったので、このBPDの若いときって本当に不安定だったんですよね。
攻撃的になったかと思えば、大泣きしたり、無理を言ったり変な方法で人の気を引いたり。
まるで子供と言うか赤ちゃんみたいでした。
昔は摂食障害も伴ってました。
そもそも、心療内科に助けを求めたのは、拒食だったり過食嘔吐だったりで苦しかったからです。
この日記に、毎日その日食べた物が書かれています。
見て分かる通り、朝だけはちゃんと食べますが、お昼以降に普通の食事をするのが怖くて、ヨーグルトやグーピタはカロリーメイト系のクッキーを食事、として食べてました。
○の過、は過食嘔吐の意味です。
こう、過食嘔吐をしないで過ごせる日もありますが、たまに発作的に食べて食べて食べまくって嘔吐する日がありました。
この過食嘔吐は、1日1回の日もあるし1日3~4回する日もあった。
私は、とにかく太るのが怖かったので、何も食べない拒食モードが安心できました。
食べないから太ることはない、と言う安心感。
でも、体は飢餓状態で色々な栄養素を求めるわけです。
あまりに拒食が続くと、夢遊病の様に自分では覚えてないけど、夜中に冷蔵庫を漁って食べてる、と言うこともありました。
(減量中のボクサーみたいにね)
そして、この日記にはイライラがあらわれてるなぁ、と思う。
やかんとグラスを投げつけて割ってしまった。とありますねぇ。
この時の夫さん(元夫)、私と同じ年齢だったから若いのは一緒だったけど、22歳の若さにしては、よくやってくれたな、って今になって思います。
当時は、頼りなくて、臭いものに蓋をするような人だったから、私はすごくイライラしてました。
でも、今は反省しています。
相手に求めすぎてました。
自分のことを理解してよ!って、「自分、自分・・・」
元夫のことは、何も考えていなかった。
心から、
「ごめんなさい。」
って、言いたいです。
元夫とは、この日記の2年後に離婚しました。
こんな情緒不安定で、薬物・アルコール依存の私なのに、最後まで別れないって言ってくれてました。
すごいなぁ、と思う。
毎日、毎時間毎分、コロコロ気分が変わる私で逆DVの様に暴れて元夫を傷つけたこともある。
それでも、絶対 「離婚したい」 とか、 「別居したい」 と言わなかった。
でも、私は 「離婚する」 の一点張りで離婚が成立しました。
ちゃんと慰謝料まで・・・
元夫とは、7年前くらいまで連絡を取ってました。
元夫と結婚生活をしてるときに、ペットを迎えてたので、そのペットのことで連絡を取ってました。
手術で治療費が何万っていくと、足しに・・・と、振り込んでくれたり。
でも、もう私から連絡をするのをやめました。
いつまでも、この人を縛ってちゃいけない、って思ったので。
私の番号も変えて、一切の連絡をたちました。
でも、FBとかの 「知り合いかも」に出てきたりするんですよねぇ。
気になって見ちゃったりするけど、リクエストは送ってません。
もう、元夫の人生に私が関わってはいけないですしね。
2001年の8月11日で1冊目の日記が終わってます。


