自殺しようとしてる人がいたら、本能的に止めますかね。
とりあえず、
「やめなよ。」
とは言うと思うんですが・・・
・・・
それは、とても有難いことなのですが、
最近、私は自殺を止めるのって責任が伴うな、と思います。
とりあえず止めた、とりあえず命は助かった。
でも、「自殺」 をしなければいけない理由・原因・問題は、何も解決しないわけで。
現実的な自殺にまで追い込む理由を解決しない限り、
「死にたい」
気持ちは、消えないのかな、と。
もし、私の目の前で誰かがビルから飛び降りようとしてて、
咄嗟に、
「まって!ちょっとまって!」
と言うと思うけど、その自殺をしようとしてる人に、
「余計なお世話だ、関係ない人は黙ってろ。」
と言われて、また咄嗟に、
「生きていれば良いことあるよ!」 とか、
「命を無駄にしないで!」
とか言っても、その人の自殺に追い込む現実的な問題を解決できない。
それなのに自殺を止めるのは、無責任にはならないのかなぁ?
私も神道を信仰してましたし、自分の考えとしても自殺は許されないと思ってます。
だけど、人の自殺を止める権利が私にあるか?と言ったらないかも。
みんながそれぞれ自分の中で、自殺は許されないこと、と思えればいいのだけれど・・・
よく家庭を持ってるお父様たちが、金回りが悪くなったとき究極で自分が死んで家族に保険金を・・・と考えてる方が多いですが、
父親や家族と言うのは、買えません。
いくらお金があっても、人は買えません。
借金まみれの家族との生活と、
自分達の為に父親が命を捨てた、と言う何十年もあるこれからの人生、
どっちが良いのか?
まぁ、これは人の価値観によりますが。
でも、答えは出ませんね。
人の生き死にって。
だから、未だに自殺が多いのでしょうね。
自殺OK
自殺NG
ケースバイケースなのでしょうかね?
私は、今自分で命を捨てたら 先に行ってる会いたい人やペットに会えないと思うので、
なんというか、同じ階層に行けない気がして・・・
だって、皆同じ所に行くとか、死んだら無になるのなら、
今、一生懸命生きる意味がない。
どれだけ怠けて逃げて生きても、
一生懸命生きてきた人と同じ、なんてあり得ない。
「人は生きたように死んでいく」
意外と、こういうシンプルな言葉が私の自殺を止めたりしてる。