先月の31日に、祖母の三回忌が無事に終わりました。

 

実質、亡くなって2年です。

今まで、自分で祖母の死を封印していました。

 

2年間、祖母のことを思い出しても、

無理やり、自分で思考を変えたりして、きちんと祖母の死を見つめず、

受け入れずにきたと思います。

 

でも、今年は自分の身に苦しいことが降り掛かり、いやでも祖母を思い出してしまってました。

 

「おばあちゃんだったら、こういう時も耐えるだろうな・・・」

 

とか、

 

「おばあちゃんは、もっと辛い状況だったのに、耐え抜いたんだな。」

 

とか、祖母の偉大さを改めて感じました。

 

祖母の葬儀の精進落としで、祖母の一番上のお兄さんが挨拶をしました。

 

祖母は、上に兄二人がいて1番下が祖母でした。

両親は、祖母が小さいときに亡くなっていて、兄二人と生きてきました。

 

お兄さんは、祖母が嫁ぐときに松の木を嫁ぎ先に送って植えました。

 

「どんな時も、耐え忍ぶ」

 

と言う意味だったそうです。

 

 

その松の木の話をして、もうおじいちゃんの兄は、言葉を詰まらせました。

その無言の時間は、10分くらいありました。

 

あぁ、もうだめですね。

思い出すだけで、涙が出ます。

 

お兄さんの息子の嫁さんが、フォローして挨拶は終わりました。

 

祖母の火葬が終って、お骨になって骨上げをしますよね。

祖父は、お骨になった祖母を見て、がっくり肩を落とし、

 

「こんなんに なってしまったかよ・・・」

 

って、力が入らず しゃがみこんでました。

 

 

なんだか、人の死って何なんだろう、って思う。

 

今までは、祖母が親戚や、あちこちの葬儀に参列してた。

祖母が、いつも喪服を着てお金を包んでた。

 

親戚の男の子が、11歳で亡くなったときも、香典返しにタオルがあって、

祖母は、台所で座って、そのタオルを見て、

 

「○○君がね、、、これになってしまった、、、」

 

って、悲しそうな顔をしてた。

 

 

その、見送りをして悲しむ側だった祖母が、今度は葬儀の主役になった。

 

それで、祖母の香典返しを見た私は、あの時の祖母と同じで、お茶やタオルを見て、

 

「おばあちゃんが・・・」

 

って、泣きそうになって、旦那に慰められた。

 

 

 

不思議なんですよね。

生きる死ぬ。

 

葬儀に参列する側、見送られる側。

 

 

多分、これは頭で考えても謎のままで、心で感じるもので。

 

 

 

自分も、いつ見送られる側になるか分からないし、

今、命に関わる病気もしてなくて、40歳だと、自分が見送られる側になるなんて、想像も出来ません。

 

だけど、生きている人間は、必ず見送られる側になるってこと。

 

 

 

今でも、祖母が生きてたらなぁって痛感します。

母親への愚痴も、聞いてくれただろうな。

 

会いたいです。

すごく、祖母に会いたい。

一目でいいから、また笑顔を見たい。

その顔を見れるだけで、頑張って生きれる気がする。