私は、薬物依存者で廃人だった過去があります。

 

薬物は、覚せい剤、マリファナ、マジックマッシュルーム、脱法ハーブ、有機溶剤系、こんな感じの薬物をやっていました。

マジックマッシュルーム、当時(20年前ほど)は、違法ではなかったんですよね。

 

 

その中で、ハマってしまったのは王道の覚せい剤と有機溶剤です。

本当に、廃人になりました。

依存症専門の病院にも入れられましたし、一般の精神病棟へも入れられました。

 

自分は、入院なんかしたくないんですが、母親の意思で医療保護でした。

無理やり入院になりますが、自分の意思で退院はできません。

でも、だいたい2週間経つと医療保護の期間が終わるので、そこで入院続行するか退院するか、自分で決められました。

 

廃人って、どんな状態なのかと言うと、その時の私と暮らしてた今の旦那、そして母の証言によると・・・

 

薬物は、毎日毎日、切れる時がない状態でした。

急に私がマンションのベランダに出て、一生懸命手を振ってた、とか、自分でご飯を食べる、と言うことが頭にない。

ご飯のことなんか、すっかり忘れてるので、旦那や母が「ご飯を食べなさい。」と、テーブルに私を連れて行って椅子に座らせて、やっと食べる、と言う感じ。

ご飯も、一口二口食べるだけで、またすぐクスリ・・・。

だから、放っておかれると私は3日も4日も食べないことがざらでした。

 

お風呂も、言われないと入らない。

お風呂の中で、気を失ってることも多かったそうです。

お化粧もしません。

髪も梳かしません。

掃除なんか、できません。

洗濯も出来る訳がない。

私は、いつもハードコンタクトレンズをつけてましたが、焦点が合わないせいか何なのか、コンタクトが外せず1ヶ月つけっ放しでした。

そして、コンタクトを失くした、と思ってコンタクトを買いにいくのですが、

そこでは、コンタクトちゃんと入ってますよ。と言われる始末。

クスリを買いにいくのに、自転車で行ったりしてましたが、歩道から信号待ちしてる車につっこんだ事もありました。

買い物に行って、財布を置いてきたこともありました。

 

それで、覚せい剤は炙って吸ってたので、肺が重いし苦しい。

部屋のカーテンも開けれず、暗い部屋にずっといました。

一度、キマってる状態で車で本屋に行きましたが、本を1冊持ってきてしまってたのが、車に戻って分かりました。

 

壁にかかってる時計の音が気になって、時計を床に投げつけたこともありました。

バスに乗ってる時、私は席が空いてたので座ってましたが、結構混んできて私の横に立ってたスーツ姿のおじさん、私は「刑事だ。」と思い込んで、まだ全然家にも近くなってないのに、次のバス停で降りた。

 

 

今の旦那との同居仲は、一日中、リビングのPCの前でクスリをやってる生活だったそうです。

そして、旦那がPCで何を見てるんだろう、とたまに覗いたらしいですが、ヒトラーを見てるか、自殺サイトを見てるか、だったそうです。

 

旦那が仕事から帰ると、私が倒れてることが多かったそうです。

そして、母の話によると、「着物を持ってきてください。」と、母にメールしてたそうです。

 

母は、自分の手におえない、と母の妹の旦那(私からみたら叔父)を連れてきて、私に説得したそうです。

私は、焦点も合わず、空中を見てるだけだったそうで、後で叔父は母に、

「お姉さん、もうあの子は無理だよ、諦めよう。」 

と言ってたそうです。

 

母は、あの手この手で親戚のおばさんを連れてきたり、色々手を尽くしたそうです。

 

もう、私はただ存在してるだけの肉体があるだけ。

人間なんか、とっくにやめてました。

何よりも、誰よりも、クスリが良かった。

友情だの愛情だの、そんなのを感じる神経がなかった。

ただ、次のクスリがあれば、それで良かった。

 

 

そんなクスリに支配され溺れ、廃人になって薬をやめることが出来たわけですが、薬を絶って実家に戻って1ヵ月後くらいに、母が私の髪の毛を梳かしてくれました。

何年ぶりだろう、その時、母は母で私は子供、と感じることが出来た。

私の髪を梳かしてる母は、

「あんなにクスリをやってたのに、髪の毛はきれいだね。」 

と言ってました。

 

多分、その人の治癒力やクスリに対しての体質によるかも知れませんが、廃人のままではないんですよ。

ちゃんと、体は元に戻そうって頑張ってくれます。

自分が、どう思おうが体の中は一生懸命、毒を出そうとする。

 

今、自分で思ってるだけかも知れませんが、人間として生きてますよ。

ご飯も食べて、お風呂は水素風呂まで入って、外を散歩して買い物して料理して。

何とか、普通の人らしくやってますよ。

 

一生、廃人でいい、と思ってたら今生きてはないと思います。

 

薬中だとか、ポン中だったとか昔は言われてましたが、今は誰もそんなこと言う人はいなくなりました。

後から聞きましたが、母は叔父から、あの子はもうだめだ、と言われても、

私の子供だから、こんなことで終わる訳がない。と言ってくれたそうです。

 

薬物を絶つには、周りの協力、応援、そして自分は1日1日クリーンにすごす。

これしかないんですよね。

 

20代で、廃人になりましたが、先はまだ長い。

諦めないで、生きていくしかないですね。

だって、私はクスリに殺されず生きてますからね。

 

 

絶対、回復可能ですよ~。

 

諦めないで。

大丈夫、大丈夫!