今は亡き私の父、生きていれば61歳になってるなぁ。
40半ばで、突然一人で逝ってしまったもんだから、
人が死ぬって、呆気ないんだな、って思った。
まぁ、父の事を思い出すと、
今の私だったら、説教してるだろうな・・・って言う情けない思い出と言ったら相手に失礼で、本当に人様に迷惑をかけてきました。
私が思い浮かぶ、父の情けない・・・と、ため息が出てしまう事件は2つ。
1つ目は、私が19歳の時(16歳から両親とは一緒に住んでませんが)、
母から、父と離婚をする事を決めた、と言うことを聞きました。
それまでも、私は子供の頃から父のストレス発散のはけ口になっていて、父がお酒を飲んで少し進むと、私に何かしらイチャモンつけて殴られ、蹴られ、髪の毛を抜かれ、窓から放り投げられ(1階で良かったよ)ましたので、
両親と離れて祖父母と暮らしてました。
母に対しても、DVがありました。
私が、父と離れて暮らす前、最後に父が大暴れした現場にいたのですが、
原因は、なんだったか忘れた位、些細な事だったと思うけど、父は大暴れ、母に対して殴る、台所の食器棚も倒れるんじゃないかって位の暴れようで・・・
終いには、母の目に火をつけたタバコを押し当てました。
(幸い、母は目を閉じたので瞼へのやけどで済みました。)
母が、近所のおじさんを呼んできて、と殴られたりしながら叫んでで、
私は、一生懸命走って近所の玄関のドアを叩いて助けを求めた。
確か・・・
「助けて下さい!パパが暴れちゃって・・・!」
と泣きながら言ったかな。
そのおじさんが、とりあえず父を抑えて落ち着かせて・・・
この事件から、私は父と一緒に暮らすことを辞めた。
それから3年後に、母は父と離婚を決めたんだけど、今までも父が暴れて実家に避難してくることはありました。
でも、その度、子供の為に我慢しなくちゃ、って戻ってた。
でも、今回離婚を決めた決定的な理由は、
父が職場の女性に2年間、ストーキングをしていた事が分かったからでした。
ある日、自宅に女性から電話が来たらしく、
もう2年間もストーカーされてる、毎日仕事から帰ると女性の家の前にいる、電話もすごくて、警察に被害を相談しようと思ってます。
と言う電話の内容だったそうです。
その女性は、父と同じ職場だったので、父に家庭があることも知っていたそうで、母と娘を傷つけてしまうかも知れない、、、と、ずっとストーカーを辞めてくれるまで、我慢しようとしてた。
だけど、どんどんストーキングはエスカレートしてきて恐怖を感じるようになった。
なので、警察に相談しようと思ってます。
と仰ってたそうです。
母は、確かに2年前から帰りが遅くなった、と言ってました。
父に確認したそうです。
女性へストーカー行為をしてるのか?って。。。
父は、してる、ともしてない、とも言わない・・・。
無言・・・。
ただ、お酒を飲みながら無言を貫いてたそうです。
それで、母は、
「犯罪者の子供にはしたくない。」 と、離婚を決めました。
そんな父だったので、離婚にも素直に応じる訳がなく、
弁護士に相談して、裁判になった。
父は、弁護士を立てないで法廷に来たそうです。
父の希望の条件は、3番目(当時10歳)の妹の親権をよこせ、と言うもの。
母は、慰謝料も養育費もいらない、とにかく離婚したい、、、と。
母の弁護士も、父が相当難しい人だって分かってたので、
母が何百万という慰謝料を 父に支払うことで離婚が成立した。
(ここで、弁護士は母に言ったそうです。今、元ご主人は世界で1番みじめだと思いますよ。と。 手切れ金のような形だったし金をくれてでも別れたい、と言うことで・・・)
その離婚の3~4年後に、父は仕事を退職しました。
退職金も、中古のマンションが買えるくらいは貰ったそうです。
でも、家庭も仕事もなくなった人間の行き先は、想像通りで、
元々、お酒が好きで酒乱だった父は、毎日お酒を浴びてた。
お酒を飲んで潰れて寝て、起きて又飲んで・・・の繰り返しの生活。
頭と体が壊れない訳がなく、父は幻聴と妄想が酷くなった。
一度、私に泣きながら電話してきた。
幻聴が酷くて、俺は頭がおかしくなってしまった、って泣きながら言うんですよ。
何とか、一度は依存症専門の病院に連れて行って、アルコール依存症と診断され、安定剤を出され、その薬を飲むと幻聴がなくなる、と安心してました。
でも、1度行っただけ・・・。
また、幻聴と妄想が出て家を引っ越してしまったくらい・・・。
隣の人が話しかけてくるとかで、引っ越しをしてました。
そして引っ越し先で、事件が起こりました。
幻聴と妄想から、隣の家の人の玄関を壊し、侵入しようとして現行犯逮捕。
これを警察から聞いた時、びっくりしたけど、でもやっぱりな・・・って思いがあった。
そのまま留置場に移送されて、私だけが父と繋がってたので、留置場に着替えを持ってたり、大変だった。
でも、その時期、今の旦那(当時は彼氏)が一緒にいてくれたから、心強かったけど。
結局、検事さんに精神鑑定をお願いして (めでたく?)やっと措置入院になりました。
もうね、今だったら 「なにやってるの!いい加減にしなさい!」
って、ブチ切れてると思うけど、当時私は20代前半で、目の前の物事に対処する事でイッパイイッパイだった。
情けないですよね・・・
父親が・・・
でも、これが父親なんです。
こんな父おやは、親でもなんでもない!って言いたいけど、
やっぱり父は父なんです。
全く、しょうがないね。
まぁ、今はどこかで後悔してるでしょうか。
向こうでも、お酒をあげてくれ!と言ってそうだけど。
こんな父親だけど、娘3人で父の1代限りのお墓を建てました。
今は、霊園が多くなってるので本当に助かりました。
父のお位牌は、2個下の妹が守ってます。
こんな父親でも、娘たちは父を想って、供養しています。
だって、父親だから。
親になること、親であること、
すごい責任が伴うと思います。
人間一人を育てあげるんだもの、強いエネルギーと精神力が必要です。
だから、私は怖くて子供を産めません。
親になるって、すごい事ですよ。
今って、きっと子育てに対して余裕がなくて神経質になってると思うけど、
ただ、普通に一緒に暮らしてご飯が食べれればいいんですよね。
その普通の生活が、私は喉から手が出るほど欲しかった!