「虐待」 WIKによると、むごい扱いをすること。
だそうです。
多分、私は感情が欠落してるところがあって、
親が子供に虐待をして保護された、とか亡くなった、と聞いても、
何とも思わなくなってしまってる。
可哀想、とか親が憎たらしいって気持ちもならない。
でも、嬉しい気持ちにもならない。
「ふーん。」
この程度・・・。
私自身、親から言葉の暴力と身体的な暴力がありました。
でも、虐待って言葉は意味が広くて基準も定義もないから、
親は虐待だと思ってないけど、子供や周りは虐待と感じる。
もっと麻痺しちゃうと、虐待されてるのに虐待と感じない。
まぁ、ここで解離が出来上がると思いますが・・・。
例えば、私はどんな暴力を受けたか、と言うと・・・
母からは、まだ小学校にも上がらない時期に、
何か私が悪いことをすると、外から鍵がかけれて中からは開けれない
物置に私を閉じ込めた。
物置は陽が一切差し込まない真っ暗な2畳くらいの空間。
私は怖くて怖くて、泣き叫んでました。
心配した祖母が、いつも外の鍵をあけて出してくれた。
他には、母は私を蹴っ飛ばしながら、
「お前なんか私の子じゃない」 と言ったり・・・。
父の暴力の始まりは、母より後の私が10歳頃からだった。
物で殴るときもあったし、蹴り飛ばされることもあったし、
髪の毛を束で抜かれて直径2cmのハゲもできた。
今、それを思い出しても
「だから?」 って感じ。
もう親が憎いとか、そういう感情もない。。。
憎い、と思うことで いつまでも親に縛られるのは嫌。
人を憎むことって、実はすごくエネルギーを使うし、
自分の心が疲れてしまう。
すべてに於いて、許すことは、
自分の心を軽くすることでもある。
憎むの先には、どうでも良い という無関心がある。
許すことが出来なかったら、どうでも良いと思い込む。
それで、憎しみの感情に支配されてる心から憎しみを取り去って、
その分、今から違う感情を植えればよい。
でも、世の中のニュースで虐待死を知っても、
どうでも良いと感じてしまう自分は、おかしいと思う。
私は自分の子供がいない。
もうアラフォーなので、これから先も子供はいないと思う。
私は、とてもとても人間を育てられる器ではないし、
不幸にする自信はあっても、幸せにする自信はない。
「子供が欲しい」
と望む前に、子供を拒否してる自分がいるから、
子供を産んでなくても、不満とかやり残したって気持ちはない。
虐待されている子供の保護ケアは必要だけど、
虐待した親のケアと言うか矯正 治療も必要だと思う。
これも、自分に子供がいない責任のなさから、
こう思うんだろうけどね。