今でもいるのかなぁ?

ガスを吸う人・・・

 

これでも、10代の時は結構流行ってたんですよ 笑

ガスを吸うのが。

 

ライターのガスでは足りず、カセットコンロのガスになったけど。

 

でも、本当に危険です。

危ない思いを2回しました。

でも、やめれなかったんだけど。

 

1回目は、凍傷。

ガスでなんで凍傷?って、当時は不思議だったけど、

自分で調べようともしなかったので、今回調べてみた。笑

 

ブタンガス・・・液状のブタンガスが皮膚に付着すると凍傷が起こる。

 

だそうです。

科学物質による凍傷ってやつですね。

 

ガスによる幻覚幻聴から覚めると、小指が激痛でした。

2倍に腫れあがってたし。

完全に覚めてはいなかったけど、自分で皮膚科に行きました。

そこで、なんで凍傷したのか、と先生に言われましたが、

この話は割愛して・・・

 

「うちでは、診れません。すぐ大学病院に行って下さい。

最悪、指を切断する事になりますよ。」

 

こう言われて、まぁゴタゴタあり入院となったのですが・・・。

入院は2週間。

毎日、血液の循環をよくする点滴を打ちました。

この点滴でよくなるか、駄目だったら切断・・・と言われました。

でも、運よく・・・本当に私は運が良かった。

切断にはならず、少し指の感覚はおかしくなりましたが、

なんとか、元の暮らしが出来るようになりました。

指を動かすリハビリは、ずっとしてました。

 

それで、去年ピアノを買ってピアノの練習をしてたら、

痛みがぶり返しました・・・。

でも、これは自業自得。

雨の日は、特に痛くて痛み止めを飲んだり、湿布を張ったりして過ごしてます。

 

2回目は、火傷でした。

ガスを吸ってて、私がタバコを咥えてライターで火を付けたら、

口の周りにガスが付いてたんだと思いますが、目の前で爆発しました。

ずっと燃えてるわけではなくて、顔の前で1回爆発して、それで消えました。

同居人がいたので(今の旦那ですが)、顔を冷やしてくれたのですが、

時間が経つと、痛みが増してきて・・・。

そのまま、急患で病院に行きました。

そのときは、自分で顔に火傷の跡が残るかな?と考える力がなくて、

ただ痛いから行く、それだけでした。

幸い、同居人から火傷は そんなに深くないので跡も残らないと思う、

って言葉を聞きました。

でも、よかった・・・とも思える思考がなかった。

それくらい、頭は壊れてて後も先も、どうでもいいってより考えられなかった。

 

今の旦那は、私が毎日起きたらガス、少し倒れて2~3時間で起きたらガス・・・

って私を、ずっと見てました。

そのときは、私の父もいて父と旦那は、いつも「この子は、どうしたらガスをやめるのか」

と話してたそうです。

母は、物理的に薬から離そうと病院へいれようとした。

依存症の病院に行くとき、祖母、父、母、今の旦那が私を囲むようにして病院へ行った。

それで、入院の書類を書いたんだけど、私はその書類を破いて裸足で逃げました。

裸足で走れるだけ走って、植木の陰に隠れてました。

そうしたら、父が追いかけてきて見つかった。

父は 「今、ここに入院するのが、お前の人生を立てなおすチャンスになるんじゃないか?俺は、ここで入院するのが1番いいと思う。」

って。

 

でも、私は子供みたいに泣いてわめいて「絶対入院しない!」って言った。

病院側も、本人の治したいって意思がないのに入院しても意味がない、とのことだった。

後から聞いたんだけど、祖母は、

「こんなに嫌がってるなら、入れなくていい。もう帰ろう。」って言ってたそうです。

祖母が、こういってたって聞いたのは祖母が亡くなって旦那と思い出話してた時にきいた。

もう涙。

 

ウチに帰って、しばらくは自力でやめてたんですよね。

1ヶ月くらいかな。

辛かったけど。

1ヶ月したら、今度は父が逮捕されましてね・・・。

その現実から逃げたくて、またガスに手を出してしまいました。

 

こんな生活だったので、同居人(今の旦那)は、ある日突然出て行った。

凍傷や火傷より、自分がしてきたことの重大さが分かった。

体を失うより、人を失うほうが辛いんだって思った。

 

 

 

 

ヒトリになって、自殺未遂をして実家に連れ戻された。

 

 

あれだけやめれなかったガスなのに、実家に帰ったら、

何の苦しみも辛さもなく、スーっとやめれてしまった。

実家に帰って、まだ意識も朦朧としてたのもあって3日間寝てました。

目が覚めても、吸いたいって思わなくて自分でも不思議だった。

母は、「きっと寂しかったんだね。」 って言ってた。

 

 

 

今は、そのときの同居人が夫になって一緒にいます。

あんな生活であんな私だったのを知ってるのに、また一緒にいてくれるなんて、本当に有難いです。

こんな人はいないかも知れない。

私が、ガス三昧だったとき24時間流してたCDがあって、

平原綾香さんの「ジュピター」。

あの頃、父も 「おまえ、この曲好きだな。」って言ってて、

夫も、「覚えようとしなくても、ずっと流れてるから覚えてしまった。」

って言ってた。

 

3年前、夫とまた同棲して2ヶ月後くらいに、また一緒にジュピターを聴いた。

そうしたら、あの時の光景が浮かんできたのと、

でも今は、昔とは違う、普通の生活が目の前にある。

そうしたら、泣けてきちゃって・・・。

 

 

ガスにしても、薬にしてもお酒しても、

依存したら、1番失いたくないものを失ってしまう。

私も、いまだから言えるんだけど、目の前にいてくれる人を信じてねって。

そのままの自分といてくれるんだから。

信じる力は、強いですよ。

 

 

あぁ、私もこれ書いてたら涙でてきたなぁ。

もう亡くなってしまった祖母、父にも有難うを言いたいし、

今繋がってる母、夫にも改めて感謝をしなければいけない。

 

みんなでがんばろうね。

 

ありがとう。