ふと思い出したので書きます。
私は、小学校に上がって1年生の秋くらいかな。
学校の帰りに、車ではねられました。
集団下校の時期ではなく、ヒトリで帰ってました。
うちに帰るには、1つの横断歩道を渡らないといけなくて、
押しボタン式だったので、ボタンを押して青信号に変わったので、
私が渡ったら、そのときはスローモーションのような感じで、
車に当たる~。と分かって、キキーッ!!! とすごい音もして、
気づいたら、私は反対車線のほうに転がっていて、起き上がりました。
そして、信号無視した車の運転手が降りてきまして、若い男性でしたが、
「大丈夫!? 怪我は!?」 と聞いてくれましたが、
私が、自力で起きあがれて、なんとか歩くことも出来たのですが、
服は破れ、おでこに たんこぶが出来てました。
でも、私は 「大丈夫です。」 と言って、帰ろうとしました。
その運転手さんは、メモを渡してきて、
「何かあったら、ここに電話するように。」と電話番号と名前が書いてありました。
私は、帰り道で おでこを触ると ぶよぶよしてきてることに気づいて、
それが痛かった、なんて記憶はなく、
「親になんて言おう・・・。 車にひかれたなんて言えない。」
この事ばかり気にしてて、電話番号のメモを 捨てました。
服が破れたのは、その日に初めて着た洋服だったので覚えてます。
その服は破れ、転んだあともありました。
でも、絶対、車とあたったことは親に知られてはいけない。
って、本当に思ってました。
「あとで怒られるから」 などは、心配ではなかったのに、
なんでか、本当のことを言えなかった。
今考えても、なんでだろう?って不思議なんだけど。
ウチに帰り、おでこはブヨブヨで服は破れてるし、当然おやは、
「どうしたの?」 と聞くわけですが、私は、
「学校の階段から落ちた」 とだけ説明しました。
おでこのたんこぶが、ブヨブヨしてきて吐き気もしてきて・・・。
それでも、本当の事は言えず・・・。
父が夜仕事から帰ってきて、私の状況を見て、
「車じゃね~か?」 と察しられました。
でも、私は頑なに 「違うよ。」 と言ってました。
本当に、今でも なんで言えなかったのか分からない。
けど、そういう事を親に言ってはいけないし、
外で迷惑をかけた、なんて絶対に言えなかったんです。
親側の問題点をひとつ挙げるなら、
「子供が本当の事を言えない環境」 だったこと?
でも、当時は父と母は仲良くしてたし、問題という問題は思い当たらない。
私の性格や人格上の問題だったのか・・・?
本当に、よく分かりません。
今から2年前くらいに、初めて母に言いましたよ。
「実は、小学生の時 私くるまとぶつかったけど、当時は言えなかった。」
って。
そうしたら、母は 「え!?」 と・・・ 何もいえなくなったようです。
まだ6歳7歳の子供だって、親に気を遣うことがあるんですね~。
やっぱり、毎日帰る家が なにをしても受け入れてくれる場所、
として、認識ができないと、子供は親の見てないところで、
どんな事をしてるか、されたか、まったく分からないことがあるもんです。
親は、子供と一緒に成長する、といいます。
しかし、子供の命が かかってます。
なにしてくれ、じゃなく、どんな私でも受け入れてくれる家作りが大事なんだな、って思いました。
(私は、超不完全なニンゲンなのを自覚してますので、子供は作りません、産みません。)