9月18日は、私の父の12回目の命日でした。
父の写真をダイニングテーブルにうつして、
父が好きだったキリンのビールやタバコやら・・・
お供えして、私も一緒にご飯を食べました。
本当は、父の最期の土地に行こうと思ったんだけど、
ちょうど台風の影響で天気は大荒れ。
しかたなく、家でお線香をあげました。
父の最期の土地って言っても、もう更地なんだけどね。
不思議な事に、父が住んでた家だけ取り壊されてます。
自分の信仰してた宗教では、父の事をまったく分かってあげれなかった。
藁にもすがる思いで、当時知り合った神主さんに父の事を見てもらった。
チャラい神主だったけど、私的には とっても納得が行く言葉をもらいました。
すごく拘るけどね、父の死後 解剖に出したけど、
内臓の腐敗も進んでたので、死因は不詳。
だから、なんで死んだの?って、ずっと知りたかった。
その神主さんが言うには・・・
「お父さんは、お酒ばかりだったから、ほとんど餓死の状態です。」
と聞いた私だけど、ありうるな・・・と納得。
父は、 「俺の人生は、一体なんだったんだろう。」
これも納得。
私の1番の願いは、きちんと逝くべきところに逝って成仏させてあげたいのですが、
その神主さんによると、「成仏出来る訳がない。生前の生き方の結果がこれなんだ。」
って・・・。
私、確かに父の思い出は美化しちゃってて、嫌な記憶は消そうとしてます。
だけど、人は生きたように死んでいく、って、こういう事なんでしょうね。
色々思い出すと、辛いです。
子供の頃は、1つのテーブルを囲んで、家族みんなでご飯を食べてた。
休みの日は、どこかしら出かけて、毎年旅行にも行ってたし。
その父が、最期はこれですよ。
「俺の人生はなんだったのか」って、父の気持ちも分かってしまう。
多分、私、父に似てるから気持ちも分かってしまう。
父は、享年48歳だったので、
人は、いつ死ぬか分からない。
経験しても、私は人を大切に出来ません。
きっと、また誰かが死んで同じ後悔をすると思う・・・。
父は、車に乗ってて 父と車はセットみたいな感じで、
いつどんな時でも、車は手放さない父でした。
最後は、ランクルに乗ってたんですが、不思議なもんで、
父の遺体が発見された時、その車もなかったんです。
車のエンジンの音が大きくて近所の人に迷惑を掛けるから、って、
父は、少し離れた駐車場を借りて停めてました。
父の推定死亡日は9月18日、発見されたのが9月24日あたり、
その間に、車もなくなってる。
当時の私は、もう目の前の父の死で他の事は一切思い出せない。
だから、車の事はまったく覚えてない。
たまたま、父の亡くなった時期と、車がなくなった時期が一緒。
今更、こんな問題を思い出してます。
当時、警察は調べたのか・・・?
まったく、そのことを思い出せない。
今から数年前に、実家に刑事さんが来たらしく、
父の乗ってたランクルが、港で発見された、と・・・。
盗難って事だったのか・・・。。。
港って事は、解体してでも海外に送ろうとして見つかったのか。
今でも、気持ちの整理はつかない。
だけど、私に出来ること盆お彼岸や命日には思い出してあげる。
これしか出来ないですよ・・・。
とにかく、父の成仏を心から願ってます。

