37年生きて来て、この37年間は、本当に色々な事があって、

最近、やっと余裕も出てきて・・・振り返ることが出来てます。

 

数年前までは、振り返る余裕すらなく、ただ1日生きるのに必死でした。

去年は、育ててくれた祖母もなくなり、色んな意味で、

人生を清算する時期なのかな、と思います。

 

振り返ると、幼稚園の時から、多少の問題児でした。

幼稚園に行きたくないから、その理由は、祖母と離れたくないって気持ち。

仮病を使って、幼稚園を休むことばかり考えてた。

普段、バスで幼稚園に通ってましたが、仮病を使い、

休めると元気になって、母に直接、幼稚園まで連れて行かれ、

ギャーギャー泣き叫び、幼稚園の先生に抱っこされても、

先生の髪の毛を掴んで引っ張ったり・・・。

とにかく、祖母と離れるのが苦痛で仕方なかった。

 

祖母が、買い物に行こうと、車に乗って、家の前の道路を通ると、

私は、裸足で追いかけて、「おばあちゃん!待って!行かないで!」って、

叫んでました。

 

私の2個下に、妹がいたので、私は常に祖母と一緒にいました。

母の傍には、いつも妹がいて。

でも、祖母と一緒にいれたから、寂しくはなかった。

たまに、父と母とベッドで寝る事があっても、

普段、親と寝る事に慣れてないので、寝付けなかった。

 

5~6歳の時に、肺炎で入院した。

病院までは、母が連れて行ってくれて、入院するまでの間、

母が、私を抱っこしてくれてた。

その光景、今でも覚えてます。

 

入院してても、祖母は面会禁止で・・・

理由は、私が祖母と会うと、家に帰りたくなって、騒ぐから。

入院中、父と母が、色んな玩具を買ってくれて、

少し、嬉しかった。

「明日、退院できるよ」と聞いた時は、

病室のベッドの上で、ジャンプして喜んだ。

 

 

んー、振り返ると、ちゃんと自分の感情を出せてたな。

自分の要求、拒絶、甘え、ちゃんとしてたな。

 

 

この当時、家族は、曽祖父、祖父、祖母、父、母、叔母、

私、妹、の8人家族。

今では、考えられない大家族です。

 

6歳くらいの時に、既に寝たきりだった曽祖父が、

自宅で息を引き取り、初めて人の死と経験した。

まだ、家でお葬式をする事が多い時代で、

親戚が沢山、泊りがけで一通りの葬儀を終えた。

母に、「おじーちゃんに手紙を書いてあげな。」と言われ、

赤いペンで、手紙を書いて、棺に入れた。

 

それから1年後くらいに、母の妹の叔母が、結婚した。

叔母の結婚式に、私は着物を着て、花束を渡した。

今まで、一緒に住んでて、可愛がってくれた叔母が結婚して、

もう一緒にいれないんだ、って思うと、

結婚式の最中に、大泣きしてしまい、みんなを困らせた。

 

そうして、8人いた家族は、6人になった。

 

 

ここから、どんどん減っていくんだよね。

家族が、いっぱいいる中で育ったから、

私は、余計、孤独に耐えられなかった。

 

 

振り返ると、家族の思い出が沢山浮かんできて、

ここに書くには、相当長くなりそう。

 

 

とりあえず、この辺までで、

次回につづく・・・。

 

 

まとめて、当時の写真を載せておこ。

 

 

父に抱っこされて。

 

 

 

母に抱っこされて。

 

 

 

 

祖父に子守してもらってる。

 

 

 

 

何かと集まる親戚。

 

 

 

 

祖父、祖母、妹、私で熱川。

 

 

 

小学校の入学式。

この写真を旦那に見せたら、

ずーっと見て、泣いてた。。。

 

なんでだろう。