こどく
たまに、まだ、見てしまうんです。
恐らく、これから、まだまだ増えるであろう
孤独死。
本人は、どんな気持ちで旅立ち
何を思って 上に行くのか。
上に行けるかどうかも分からなくて
ちゃんと成仏は出来てるか・・・
遺族は、気になります。
もっとあぁしておけば
こうしておけば
と言う後悔は
一生、消えません。
父の死因は
不詳です。
生前、アルコールに頼っていた事は確かです。
アルコール依存症の病院にも
連れて行った事があります。
自分の父親を
依存症の病院へ連れて行く時
まだ若かった私は
何を思ったでしょう。
本当に普通の家族だったんです。
父は準公務員でしたので
貧乏な思いもしないで
毎年、夏には家族旅行に行っていました。
洋服も、それなりにいい物を着てました。
習い事も、3姉妹全員やってました。
夜は、食卓を囲んで
祖母と母の料理を食べて。
普通のどこにでもいるような家族だったんです。
人は、いつどうなるか、分からない。
その「時」は、永遠ではない。
だからこそ、その時、今をきちんと生きるんです。
永遠には続かないのだから。
幸せは、いつまでも続かない。
でも、自分の手で壊す事はいつでも出来る。
子供の頃、母からは
父の愚痴を聞いて育ちました。
父の偉大さ、分かりませんでした。
自分が、今、妻になって、
旦那さんの大切さ、ありがたみが分かってます。
だから、私は、家族が一番大切なもので、宝物です。
大好きだった祖母も逝ってしまい、
どこかで依存してた父も、
とっくに、逝ってしまってます。
私が、あと10歳若かったら、
耐えれなかった事だと思います。
この15年・・・色々な事があり、
嫌でも、強くなってしまいました。
何が強くさせたかは
大事な存在との別れ、病気、裏切り、後悔、
が、私を強くさせました。
今、父と祖母がいなくても、
普通に生活しています。
泣く事もありません。
普通に笑い話をして笑って生活してます。
でも、どこかで、
どうしても納得できず、心が晴れないのです。
何とか、目の前にやる事があるので、
家事をしたり、出かけたりして、
誤魔化すんですが、消える事はないんです。
今、どうしてもしたい事があります。
父の遺品整理をしてくれた清掃業者さんに
お礼が言いたいのです。
当時の事は、思い出そうとしても、
どこかで、シャッターが閉まってて
空白期間があります。
父のお兄さんが、
清掃業者に連絡してくれました。
でも、ほとんど付き合いはなく、
連絡先も分かりません。
父の兄と
父の家に入った時
兄さんは父のタンスの中を整理して
私に父が使ってたジッポを投げてきました。
「形見にしな!」って言ってました。
そのジッポは、今でも飾ってあります。
後、父の形見は、
ドッグタグです。
生前、そのドッグタグを良く身に付けてました。
悲しいことに
死から10年以上も経つと
諦めになるんです。
でも、自分では、どこかで
「深く考えてはいけないこと」
として、ロックしてます。
だって、泣いても笑っても
一日は一日ですから。
亡くなった存在へ
心配をかけずに生きる事が
一番の供養だと信じてるので、
自分で一生懸命、生きるしかないんです。
後ろを見たら、前には進めない。
全ての出来事を
自分の中で消化して
残った私は生きてます。
いつか、孤独死で家族を失った方と
グループを作って
予防策や、残されたものの生き方を
語り合いたい、と思ってます。
たまに、まだ、見てしまうんです。
恐らく、これから、まだまだ増えるであろう
孤独死。
本人は、どんな気持ちで旅立ち
何を思って 上に行くのか。
上に行けるかどうかも分からなくて
ちゃんと成仏は出来てるか・・・
遺族は、気になります。
もっとあぁしておけば
こうしておけば
と言う後悔は
一生、消えません。
父の死因は
不詳です。
生前、アルコールに頼っていた事は確かです。
アルコール依存症の病院にも
連れて行った事があります。
自分の父親を
依存症の病院へ連れて行く時
まだ若かった私は
何を思ったでしょう。
本当に普通の家族だったんです。
父は準公務員でしたので
貧乏な思いもしないで
毎年、夏には家族旅行に行っていました。
洋服も、それなりにいい物を着てました。
習い事も、3姉妹全員やってました。
夜は、食卓を囲んで
祖母と母の料理を食べて。
普通のどこにでもいるような家族だったんです。
人は、いつどうなるか、分からない。
その「時」は、永遠ではない。
だからこそ、その時、今をきちんと生きるんです。
永遠には続かないのだから。
幸せは、いつまでも続かない。
でも、自分の手で壊す事はいつでも出来る。
子供の頃、母からは
父の愚痴を聞いて育ちました。
父の偉大さ、分かりませんでした。
自分が、今、妻になって、
旦那さんの大切さ、ありがたみが分かってます。
だから、私は、家族が一番大切なもので、宝物です。
大好きだった祖母も逝ってしまい、
どこかで依存してた父も、
とっくに、逝ってしまってます。
私が、あと10歳若かったら、
耐えれなかった事だと思います。
この15年・・・色々な事があり、
嫌でも、強くなってしまいました。
何が強くさせたかは
大事な存在との別れ、病気、裏切り、後悔、
が、私を強くさせました。
今、父と祖母がいなくても、
普通に生活しています。
泣く事もありません。
普通に笑い話をして笑って生活してます。
でも、どこかで、
どうしても納得できず、心が晴れないのです。
何とか、目の前にやる事があるので、
家事をしたり、出かけたりして、
誤魔化すんですが、消える事はないんです。
今、どうしてもしたい事があります。
父の遺品整理をしてくれた清掃業者さんに
お礼が言いたいのです。
当時の事は、思い出そうとしても、
どこかで、シャッターが閉まってて
空白期間があります。
父のお兄さんが、
清掃業者に連絡してくれました。
でも、ほとんど付き合いはなく、
連絡先も分かりません。
父の兄と
父の家に入った時
兄さんは父のタンスの中を整理して
私に父が使ってたジッポを投げてきました。
「形見にしな!」って言ってました。
そのジッポは、今でも飾ってあります。
後、父の形見は、
ドッグタグです。
生前、そのドッグタグを良く身に付けてました。
悲しいことに
死から10年以上も経つと
諦めになるんです。
でも、自分では、どこかで
「深く考えてはいけないこと」
として、ロックしてます。
だって、泣いても笑っても
一日は一日ですから。
亡くなった存在へ
心配をかけずに生きる事が
一番の供養だと信じてるので、
自分で一生懸命、生きるしかないんです。
後ろを見たら、前には進めない。
全ての出来事を
自分の中で消化して
残った私は生きてます。
いつか、孤独死で家族を失った方と
グループを作って
予防策や、残されたものの生き方を
語り合いたい、と思ってます。