訳あって、父親と1年近く、連絡を取らない日が続いていた。
当時、母と離婚した父は、一人で暮らしていた。
離婚した母のストーカーになり、毎日、川を越えて、
車で、実家の周りをウロウロしていた。

母と一緒に、警察署にも相談していたけれど、
パトロール強化だけで、他に成す術は、今の法律ではなかった。

そんな訳があったので、父からメールが来ても、
無視していた。

父親と、まだ交流があった頃、こんなメールが来た。

「実の親にも捨てられ、女房にも捨てられ、
俺の人生は、一体、何だったのかな。」


父は、産みの親に捨てられている。

「私の子供じゃありません。」

と言い、父が幼少の頃、出て行った様だった。
私も、この実の祖母に会った事はない。
噂では、40代で亡くなった様だ。

父は、先に書いた通り、離婚した母のストーカーであった事から、
父からのメールを無視していた。

父からのメールは、


「今、どこにいるんだ!生きてるか、教えてくれ!」

確かに、私の事を心配しているメールだった。

ある日、無職だった父が、いつもの様に、実家の周りをウロウロしていて、
歩いて、家の方に向かっていたので、
私は勇気を出して、父に叫んだ。

私「どうしたの!?」

父「いやぁ~、お前にちゃんとお金返せたかな、と思って。」

その後、二言三言、言葉を交わしたけど、覚えていない。

今、思えば、生きてる父に会ったのは、これが最後。

9月の半ば、最近、父が来ないな、と思ってた。
そしたら、1本の電話が鳴って、祖母が出ると、父の弟から。

「兄貴が亡くなったらしい・・・」

との連絡。

父の居所を聞いて、私の妹が運転出来たので、
遺体が安置されている、警察署へ向かった。
警察署へ向かう間、妹との会話はなかった。
警察署へ着いたら、父の遺体は、もう葬儀屋さんが、引き取っていた。

私が、「父に会いたい」
と言うと、葬儀屋さんが、警察署まで遺体を運んでくれた。

妹は、見たくない、と言った。

私は、

「最期なんだから、見てあげようよ。」「光をかざしてあげようよ。」(当時の宗教の教え)

と言って、
妹と、父の遺体に面会した。

裸で、顔の目や鼻、口が解けてくぼみ、うじ虫だらけだった。
皮膚は、黒い様な紫がかってる様な・・・
明らかに、腐敗している肉体だった。

死臭も強烈だった。
9月の半ばに、1週間放置されてたから、当然、腐敗は進む。

1ヶ月前は、歩いてたのに。
子供の頃は、旅行に連れてってくれて、海で遊んで。
毎日、夕飯を食べてたのに。
子供の誕生日には、必ず、プレゼントと、ケンタッキーを予約して、
買って来てくれてたのに。

確かに、生きてたのに・・・。


その遺体を見たら、涙が出たけど、
冷静に、
「パパだね。」って妹に言った。

妹も泣いていた。

腐敗した遺体を見る機会は、早々ないと思う。
最悪な、一番寂しい死に方をさせてしまった。

実の父に・・・。