AOLがはやっていた12年前。
大学入学を控え、PCに精通している友人の影響でインターネットの世界へ足を踏み入れた。
チャット。
当時は回線が遅く、動画配信すらできなかった時代。
文字情報の伝達で精一杯だった時。
私は文字情報でのコミュニケーションに衝撃を受けた。
中学校では小さな紙に何かを書き入れたり、ラブレターだったりと
そんな用途でしか文字情報でのやり取りはなかった。
誰にも話してはいないことがある。
当時の私は女性に対する免疫が低下しており、興味津々だった。
チャットを通じて知り合った人と深く文字情報を交わしていた。
その時は好意ではなく、好きという感情だった。相手は12歳上。
チャット会話も必死だった。wikipediaやgoogleを駆使し、文字を調べ、文章をつづっていく。
「ものしりだねぇ」と言われながらも、ギリギリの状態だった。
最終的には会うことはなく、一方的な連絡の遮断だった。
その時、何ができたのだろうかと必死に考えていた。結局、自身を納得させれることはできなかった。
その頃からだろうか。行間を読んで相手の意向を知るようになったのは。
もともと中学の時代は友人周りの恋愛情報に興味を持っており、少しの仕草や目線で対人関係を観ていたものだ。
動きの観察、行間の読み取り。
この二つが私の洞察力の源。
ここ最近2度振られてからというもの、はっきりと線を引きたかったが、相手が拒んだ為、
よくわからない関係になってしまった。
大きな市民イベントに参画する上で、自分の範疇がどんどん拡大するにつれ
その子とは行動する機会すら失っていた。
イベント以外にも多くの迷惑をかけた。
そこに新たな同性の出現。
去年、イベントで憔悴しきっていた彼の行動は顕著だった。
身を預けた異性と付き合ったものの、1年はもたず、4月には別れてしまった。
別れた理由が「運命の人じゃないと思ったから」
これは、運命の人だと思う人が見つかったからと思われる。
私が好意を寄せた人は上記の彼と上手く波長を合わせていた。
「私のほうがあの人と波長あわせられる」
この言葉は痛く響いた。
もはや、意中の人は私のことを見向きもしていないのだろう。
自然とつきあう可能性が高い。
とても悔しい。
25日には飲み会がある。
その時には付き合っているかどうかは洞察すればわかるだろう。
洞察したくなくても、目に入ってしまう。
逃げてしまいたくなるが幹事だ。
常に損な立ち回りをしている自分が悲しい。
なんだか自分では正しいと思ってやっていることが、自分の幸せを逃しているように思える。
いつか思い出に変わってしまうのだろう。
今よりも素敵な人にお互いで会えれば・・・・。