光からまた闇へ 悪夢のクリスマス あるヨギニの自叙伝 | Chandra Yoga & Healing

光からまた闇へ 悪夢のクリスマス あるヨギニの自叙伝

2008年のクリスマスイブの夜に、友達からメールがきた 

「家のカギ、誰か持っている人いないの?」 

母が、火曜日から行方がわからなくなっていると言う。 

「窓ガラス壊していいから。」 

そう伝えてから、家に電話しても確かにでない。 

友達にまた電話かけたら、 

「今、近所の人とみんなで入ってみたけど、いないよ。 

 あっ、いたいた!!救急車、救急車!!」 

それで、電話が切れてしまった。 

もう少ししてから、またかけてみたら 

2階の私の部屋に何故かいたらしい。 

意識はあるけど、動けないまま、救急病院へ。 

また脳梗塞のよう。 

またと言うのは、私が19歳の時、初めて倒れ 

それから、何度か経験している。 

だから、私もそんなにパニックはしないが 

こんな離れたところでは、何もできず、 

私の友達たちがいつも世話してくれているのが一番心苦しい。 

日本では、クリスマスなのに。。。 

それでも、その友達は 

「ごめんね、私がもっと気にかけていれば、こんなことならなかったのに」 

と電話の向こうで泣きながら謝る。 

「そんなことないよ。こうして、助けてくれたじゃない。 

 有り難いと思っているよ。ごめんね、クリスマスなのに。。。」 

 

そして、なんとか日本行きのチケットが取れて、慌てて一人日本へ。

 

母は、病院のICU集中治療室にいて、

 

私が行ったら、わかったようで、涙を流しながら喜んでいた。

 

でも、喋ることも、動くこともできず、ただ左手だけ少し動いてた。

 

お医者様は「二日間も倒れてから放置だったので、

 

生きているのが不思議な状態なので、時間の問題だと思っていて下さい。

 

脳は、レントゲンで見ると、真っ白で、100%死んでる状態ですから。」

 

と言われて、どうしたらいいかわからない。

 

延命装置はどうするか? お葬式の準備をするべきか?

 

父も無く、兄弟も無く、私一人にその判断は厳しすぎる。

 

誰もいない、救急車が入った後の、乱れたエネルギーの家に

 

一人いるのも、淋し過ぎる。

 

「明けない夜はない」

 

とお寺の壁に貼ってあった張り紙を見て

 

一人、大声で車の中で、泣いたこともあった。

 

大晦日の夜中、前に滝を浴びた神社へ行って

 

氷点下ー4度の氷柱ができている寒中の滝の中、滝行をした。

初めは、痛いほど冷たいけど 

そのうち、とても優しい水になる。 

自分のこと、母のこと、家族のこと、回りの友達のこと、 

地球上のすべての生き物のこと、地球のこと、、、 

思いながら浴びていたら、気持ちよく、すっきりした!! 


それから、毎週、神社へ滝を浴びるのが楽しみになった。