今日はブロガーさんたちが巷ではよく使っているけどちゃんでめ。的に
あまり好きでは無いワードを紹介します。


まず
受け取る

受け入れる

拒絶する

認める

許可する


等々の言葉が好きでは無いです。

これは単にちゃんでめ。の好き嫌いではなく

意味のわかってない人がそれを目にしたとき

必ず混乱するからです

現にちゃんでめ。がブログ業界に足を踏み入れたばかりのとき多くのブロガーさんがこれらの言葉を使っていたのですが
混乱して1人でピヨピヨしていました。


ですがまずこれらの意味について

恐らくちゃんでめ。の間違いでなければ

自分を受け取りましょう

自分の感情を受けいれましょう

自分を満たしましょう

と言うのは非二元でいうところの
「分離の分解」を意味していると思います。


ですがちゃんでめ。から言わせると

これらの説明は50点です。

間違えていない。ハーフポイントは獲得してるといったところでしょう。


ですが

これらはすべて行為者がいることを
前提に組まれた理論です。

行為者がいることのみを前提に組まれた
理論は(精神論、心理学含め)
すべて的を外すとちゃんでめ。は踏んでいます。





要するに

受け取る
受け入れる
拒絶
許容
許可する
認める

等々はすべて自動的な反応である

ということです。

自動的に

受け入れた
受け取ったんです。

拒絶したんです。


なぜ行為者がいることのみを
前提に説明してはいけないかというと

「自分を受け取りましょう」

を例に出すと

「行為する私」が

自分を受け取るか受け取らないか

選択している

という解釈のみになってしまうからです。

裏を返せば

私が自分を受け取らなければ
私を
受け取ることはできない

という解釈になってします。

つまり

自分を受け取っていないと
感じている人にとっては

自分を受け取らないといけないんだ
自分を愛さなければいけないんだ

という無駄な努力に陥ったり
混乱を生むという意味です。

(その混乱も自動的におきていますが)


行為者の不在の観点から見ると

受け取り
拒絶の選択自体が

すべて自動的な反応として起きているということです。

ただそれだけの話です。


すべてが自動的な反応なので

自分自身を永遠に拒絶し続けることは
ありえません。



自分を満たすことも

行為する私が満たしたわけではなく

自動的に分離が分解され

結果的に満たされたのです。