食欲が湧かない時期に効率良く
ダイエットを地味に初めておりまして
今日で何日かぶりかめー!になる


1キロ減った笑


ショートは痩せてた方が似合うという
理由もある!


そしてファッションもガラッと変えたくて
本日は浅草のタンポポハウスへ行って参りました

古着屋は大好き❤1人で何時間もいれちゃう

お家でインナーカラーをセルフで決め込もうと思ったので








やっていいことと悪いことの区別が付かないの?!あんたおかしいよ!

とよく言われるけど、
残念ながら皆無だ。

そんな事分かっていて気をつけていたのなら
今頃こんな事はなっていないし
悪気もさらさらないのがヤバイ

開き直ってるようにきこえるが後悔して謝ってミスして誤って、、何度こんなことをしているのだろう。泣きながら誤ってもうこんな事しないようにどうしたら許してくれるのであろう、
許してくれとは言わないが明日から頑張りますと

これ何回目だ笑
何度やるんだ笑
お前幾つだ笑


私はミスを防げない。

車にすぐにひかれそうになる人間に
鉛筆でチェックすることを忘れるなという当たり前の、秩序。みんなが守らないと崩壊する事柄を守れないし出来ない。

だからそう行ったことは向かないんだ。
困難だ。ひたすら謝り続けるしかない。


ごめんねに飽き飽きされたら終わりだ。

そして
終わりは近い
間も無く


わたしがオギャーとこの世に登場した時から
ほぼ一緒に育てらていた友達がいる
仮にその子がAちゃんだとする。

Aちゃんのお母さんはおばちゃんといい
母よりも年上で頭もキレるし話も面白く、
子育てで大変な時期に母にとっては凄く良い友達として家族ぐるみで付き合っていたのだろう。

おばちゃんの家族は私のことをちいちゃんと呼んでいた

私はAちゃんと幼稚園などに入る前からずーっと常々比較をされていた。なので承認要求がきっと人一倍あり、注目してくれればなんでもやってしまう、言わば聞き分けのない悪い子だった。

心配させることを日課にしていたので良く仮病を使ったり、泣いてみたり癇癪を起こしたりしていた。母はその頃の私を多動症だ、病気だといって悲しんでいた。

勿論毎日のように私はおばちゃんに叱られ、隣で泣く母をよく見ていた。

母も不器用なひとなので、言うことを聞かない私をよく怒鳴っていたし、それでも聞かなければよく手を出されていた。きっとこれは誰にも言ってはいけない事なんだろうと、そんなときの母は別の生き物なのだろうと思いながらこちらも声が枯れるまで力つきるまで泣いていた。

そして目の前でおばちゃんに怒られて泣く母をよく見ていたし、毎日寝る前に繰り広げられる親の喧嘩で最初は威勢のいい怖い父の声が母の熱り声で小さく弱くフェードアウトしていくのも良く聞いていた。


そんな夜は耳を塞いで私と、私の大切なおもちゃやテレビで見たキャラクターだけの世界を頭に思い描いたりしていた。その時間が一番幸せだった。

兎に角なにをするにも怒られるので、自分は悪い子だと認識していた。自信がないので勿論友達も出来なかったし、出来ても母が快く遊ばせてくれなかった。

毎日のように幼稚園から帰ればAちゃんと一緒の習いごとへ行く。頭が良く、努力もコツコツとするAちゃんは素直で良い子だったので何をするにも私は負けていたし、勝負をしようと思わなかった。

小学校に入ってからAちゃんとおばちゃんといっしょにいる時間も短くなり、友達も出来たし勉強もコンクールもよく頑張っていた。
うるさい子がいれば注意をしたりしていたし、先生に怒られることはまず避けていた。

でも家に帰るとおばちゃんが家にいたりすることもある。近状報告をするとその友達の悪口をよく聞いていたし、どんな賞を貰っても、どんな点数でも頑張ってない、頑張ってないと。またよく怒られていた。

母も不器用な人だったので、私を抱きしめて賞賛することなど私の記憶では一度もなかった。

そんな中私にとって、絶対譲れない、理不尽なことが1つだけあった。


Aちゃんの妹が書道を頑張っていた頃、私は夏のコンクールの絵画を頑張っていた。
クラスのなかでは上手い上手いと褒められていたのでよく頑張っていた。

そんな中私の絵はクラスで選ばれ廊下に飾られたり体育館で賞状をもらったりと賞賛されていたとき、母にAちゃんの妹が金賞を逃したので私のこの賞のことを黙っていてほしいと頼まれた。

私は全てが馬鹿馬鹿しくなった事を覚えている。


そういった環境で育ってきたので、基本的に人の言葉は自分を戒めるものだと思っているし。
自分からなにかを発するなど恐れ多かったし。
常々なにかあると何処かへ逃げてしまいたいと、静かにフェードアウトしていきたいと思っていた。

一度家出をしたことがあるが、マンションのお母さま方が総出で探して直ぐに見つかっしまった。

ただ、暗い夜道を歩いて、何処かの誰かが私を見つけてあの怖いマンションへ2度と戻れないようにという空想をして、ただただ暗い暗い道を川沿いに沿って歩いていた。

恥をかいた母は帰ってきてなにも言わなかったし
おばちゃんには散々怒られて皆様に謝れと頭を下げさせられた。



きっと普通の日常かもしれない。

ただ厳しいおばちゃんがいて、不器用な母がいて父がいて。現実は大したことないように見えるかもしれない。

でも私にとっては、冗談じゃなく、
気を引こうと思っていたわけではなく
心から毎日が辛かった。
助けて欲しかった。


明日の楽しみよりも絶望が大きかった




私の病気はこういったことから少しずつ形成されていった。フィクションではない。
勘違いでも考えすぎでもない。
事実だ。起こってきたことだ。

だから悲しいことがあると悲しい夜を思い出すし
孤独感と絶望感に苛まれて、そこはかとない悲しみにひとりで耐えて耐えて、さらに小さな世界で生きていくようにするしか自分を守ることができない。

時間が経っても乗り越えられないものもある。
変わることは少しずつでも出来るし、今は大切な人もできたので簡単にフェードアウトをしてしまおうとは思わない。

ただとても生きづらい。


これはどうすることもできない。

自分は未だに大人になれないだけのピーターパン
なのか、はたまたA D H Dなのか
感受性が豊かなだけなのか
もしくは二重人格なのか。。。

まあ回復のためにはとりあえず病院へ行って知識をつけることから始めようかと、

なので闘病生活を相方と開始します!




1日において食事の時間はこの上なく楽しみな時間である。

学生の時は沈黙恐怖症というのがあり、
皆んなでワイワイ楽しくご飯など出来なかった。
家ではマナーについてもよく怒られていたし、
これは美味しいのかさえも脳の興奮状態では良くわからなかった。良く泣いていた気もする。

つまり学生時代の食事シーン等は
ほとんどが嫌な時間だった。
プライベートでも、お友達の前で口を大きく開けてハンバーガーを食べたりなんて絶対できなかった。食べているところを見られるのが無理だった。

しかし、家を出てからというもの社会人になってからは1人でご飯を食べる時間とやらが楽しく、自分の好きなものを自由に制限なく食べた。
そのせいで太ったのだが。。。

痩せたあとは毎日同じ物を食べた。
昼御飯はスーパーの冷凍うどんをチンしてツユと卵をかけて2年半の間食べ続けた。
飽きなかったし、その生活のほうがストレスがないという事を知った。

いまでも毎日夜ごはんは豆腐を食べているが全く飽きない。昼も毎日同じおにぎり。
時間がないわけでもない。

その方がストレスがなく余計な事を考えなくても良いだ。

相方がいるときは美味しいものを一緒に食べたいという感情はある。食べさせてやりたいのほうが強い。相方のを作って自分は豆腐をムシャムシャと食っているパターンもある。


そしてありがたいことに、
甘い食べ物はケーキであれクッキーであれチョコであれ、すべて甘いもの。と認識しているのでケーキバイキングなんかにいったとしてもすべて同じに感じてしまう。

強いて言うなら、、世の親父が好きなものが好きだ。

酒ならハイボールをひたすら飲むし
やっすいお摘みなんて最高である。


おしゃれなカフェ、ランチでお喋りなんて
難しい。

居酒屋で笑って飲んでいたい。



己を磨く。
強靭な肉体になる。

とりあえず9月までに腹筋を割ると
決めてるので、そのために有酸素運動
筋力運動をこれでもか、これでもかと
ドMのようにやります。

いい汗流しましょう。
さてでは

なぜジムに行くのか


今回職場で人間関係が私のせいで拗れてしまい、
お酒の席でやらかしてしまったらしい。
基本的には言ってはいけないよとしっかり
言われたモノ以外はベラベラと話をしてしまう傾向がある。それがまずい事だとは指摘されないと全くわからない。

※基本的に私は普通の人が出来ることが出来ないいわゆる世間的に言うピーターパンというか
最近分かったのだがA D H Dである。
これはまた別の記事で話そう!

悪口や気になることを全て包み隠さず言ってしまう。言葉を選べないいわゆるヤバイやつ。

判断能力が果てしなく緩いので熱いであろうアイロンなど興味で触ってしまったりするタイプの本当にいわゆるヤバイやつ。

そんなヤバイやつがお酒を飲む、しゃべる。
もう良くない方向にしかいかないなと断言する。

な・の・で!

仕事が終わったら身体を動かしておこうと、
なにか自分はやらせておかないと迷惑がかかると思ったのでそうさせようと強制的にジムへ行くようにした。飲み代よりは安いだろう。
※お酒の場に関してもまた別の記事で話そう!

そしてもう1つ。。

私はどうしても耐えられないストレスが襲ってくるとモノに当たる、この前はゴミ箱をけちょんけちょんにしてしまった。
その前は財布の中身をすべてホームに叩きつけ、やったあとは泣いて謝る。本当に言わばヤバイやつ。

そして一番まずいのは、
夜中に走り出してしまう。衝動に駆られて川沿いをひたすらに走り出す。しかも果てしなく。
そうしないとどうにもならない。



それならばあれあれ?
ジムなど一石三鳥。


走れば良い、明るい光のある室内で!
走れば良い、人が見ているところで!


命を間違って落とすリスクも減る。
誰かに迷惑をかける必要もない。
無駄なお金も使わない。


昔から常々落ち着きもなく、人に迷惑ばかりかけて毎日毎日死ぬほど怒られていた私であったが。
ようやく制御する方法も身につけてきた。