イメージ 1

 図書館の閉館1時間前に読み出し、閉館後、駐車場に立ちつくしたまま読み終えてしまった。
 日本では現代(ヒョンデ)財閥出身のCEO大統領などと言われて経営力を評価していたようだけれど、その根底にあるのは経営力というより李明博大統領の個人史が醸し出す人間力なのだろう。
 このような方が大統領なら、韓国はまだまだ国民に対して配慮ある政治がおこなわれ発展することだろう。日本はどうだろう。庶民の悩みに如何なる配慮も出来ていない無神経な発言を繰り返す現総理の麻生さんは、どおりでボンボンだし、今日の衆議院選挙で民主党が勝つにしても、その代表はやはりボンボンの鳩山さんだ。

 

 

【行列字(こうれつじ)のない名前】
 「このうちの三男坊はどこで拾ってきたんだい? どうして行列字(兄弟の名前に共通して使う字)が入っていないんだい」
 ・・・中略・・・。
 私の元の名前は 「サンギョン(相京)」 だった。今も族譜(家系図)には 「ミョンバク」 ではなく、「サンギョン」 の名で記されている。・・・中略・・・。
 ところが、この名前を変えたのは母だった。ある満月の夜、誰かのチマにやさしく包まれる夢を見た母は、そのあと私を妊娠した。ことさら明るい月光が、はるか遠くまで煌々と照らす夜だったという。 (p.26-27)
 このような 「胎夢」 を見た母の説得で、戸籍には 「明博」 と登録されたのだという。しかし、日本人のような名前だということで、後々かなり不愉快な目にもあったという。

 

 

【白いご飯に生卵ひとつ】
 母は道路で鯛焼きを売って家族の生活を支えてくれていたけれど、貧しい生活に耐えられず、逃げ道として軍隊に志願したという。しかし、入隊の身体検査で不合格と判定されてしまった。
 「ごめんね、ミョンバク。お前の体が軍隊にも行けないほど弱っていたなんて、本当に知らなかった。小さい頃から、酒かすばかり食べさせていたのがいけなかったんだね。みんな私のせいだ。病気になっても、薬すらろくに飲ませてやれなかったもの。この母さんのせいだ。母さんが悪かった。そんな体のおまえに、夜明けどきからリヤカーをひかせていたんだから・・・」
 母は、言葉を詰まらせ、悲しそうに泣いた。

 その日の夕方、母はみんながそろう前に、急いでご飯を炊いた。テーブルの上には、白いご飯に生卵がひとつ置かれていた。私たち家族が、年に一、二度食べられるかどうかのごちそうだった。私の小さい頃からの大好物だった。

 白いご飯と生卵を前にして、私も泣き、母も泣いた。
 それが私の見た、最初で最後の母の涙だった。

 鉄のように強く見えていた母の涙は、私にとって鞭よりも痛く、空腹よりも悲しいものだった。(p.45-46)

 

 

【タルトンネ】
 浦項(ポハン)のタルトンネ(丘の上に形成された低所得層の住居地区)、山麓の寺、ソウル梨泰院(イテウォン)のタルトンネ、コンドック洞とヒョチャン洞一帯の貧民街。
 私が青春時代を送ってきたところだ。・・・中略・・・。雨が降れば、どこよりも先に被害を受けるところでもある。(p.68-69)
 タルトンネの長屋は、家族全員が寝る場所すら確保できない狭さで、分かれて生活していたのだという。
 せめて仕事があって、家族が共に生活できる家が持てて・・・、そんな願いが、切実なものとして大統領にはあった。だからこそ、ビジネスマン時代にも多くの仕事をもたらす手腕を発揮し、IMF管理下に置かれホームレスに溢れたソウル市の行政でも、誠実な手腕を発揮してきたのだろう。
 明治維新の原動力となった薩摩の志士たちも甲突川東岸の貧民街で育った者たちだった。最底辺の人々の心に想いが至らぬ政治家を頂点に置く国は悲しい。
   《参照》   『日本人の魂』 淵上貫之  駒草出版
               【「甲東」 と 「南州」】

 

 

【母の祈り】
 私の体が早朝5時を覚えているのは、わが家族全員がともに祈りをあげる時間だったからだ。朝の祈祷は、敬虔なクリスチャンの母が作った、わが家族の習慣だった。

「主よ、今日も祈りを捧げます。
 この国と社会が良くなるようにお導きを、
 そして、市場の人々が、今日も無事に商いができますように。
 昨日結婚した上の家のヨンヒが幸せになり、隣のスンチョリのはしかが早く治りますように・・・」

 戦後の世相が雑然としていたせいか、母は一番に国がよくなることを祈願し、次に村の人たちと親戚の幸せを祈った。それからやっと長男から末っ子の妹までの名前を、一人ひとりつぶやきながら、それぞれの幸せと健康を祈った。(p.72-73)
 我が事を離れ、国や社会や周辺の人々の幸せを先に祈る・・・・。自分や自分の家族のことばかり祈る人々ならいくらでもいるのだろうけれど、こういう祈り方をする人は、それほど多くないことだろう。
 このような 『オモニ』 であるからこそ、神仏は、その許に将来韓国大統領となるべき人を託したに違いない。

 

 

【子どもにたちに伝えたい遺産】
 貧しさは、まっさきに家長の希望を奪う。希望をなくしてさまよう家長は、社会からだけでなく、家族のなかでも真っ先に権威を喪失する。私が両親にもっとも感謝していることは、貧しい父母を恥じるのではなく、尊敬するように育ててくれた点だ。
 歳月が経つほどに、両親の深い志がより理解され、感謝の気持ちが深まるばかりだった。私が子どもにたちに伝えたい遺産も、これとまったく同じものだ。(p.108)
 かつて貧しい両親をもち、今日大統領となった人が、このようなことをきちんと国民に伝えてくれる。この書籍を読む限りにおいて、「韓国は素晴らしい大統領を頂いて幸せな国である」、と思う。
 韓国は 「孝」 を基とする儒教国家なのだから、大統領のこのような見解は当然であると断じてしまうのは早計である。経済的合理性に侵食されつつあるアジア諸国には、日本を筆頭として目上に対する 「敬」 の精神が共通して失われて行きつつあるのである。とりわけ、女性の意識が変容してしまったのが大きい。大統領のオモニ(母)のような意識が、遺産として伝承されていないのである。
   《参照》  『Descention ~自らを下げる~』 中里尚雄  ぶんがく社
               【愛しき日本の姫君達☆】

 

 

 李明博大統領も素晴らしいけれど、このような大統領をトップに選べるということは、韓国の国民も “健全” であるという証拠である。韓国の大統領と国民を羨んで、日本の首相と日本国民を危ぶんでばかりいても始まらない。
 李明博大統領の母の祈りは、誰であっても真似できることなのだから、せめて、私たち日本人は、世界中の人々と日本の人々と周辺の人々の幸せを、より具体的に事細かに祈ることから始めるしかなさそうである。祈りは霊界から現実世界を動かす強力な力であることを知っている人は少なからず実践している。しかし、日本と世界を善転させるには、その絶対数が余りにも少ないらしい。
 
 
<了>