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 2002年11月に突然亡くなられた高円宮様。その直前の1ヶ月前に出版された書籍。
 海外を訪問した機会に撮りためた写真とともに、短い文章が記述されている。今や、海外に出かける日本人は年間何百万人もいるのであろうが、私たちのような凡人ではいかんせん体験できる世界には限りがある。皇族としての特別待遇でなければ体験できない部分を、もう少し詳細に記述してあれば読み物として楽しかったであろうに。


【カナダ:日本人が英語を勉強するなら・・・】
 われわれ日本人からすれば英語も米国語も訛っている。英語では o が訛りますし、米国では a が潰れます。そこへいくとカナダ英語はローマ字読みに近い発音をします。ですから私は機会があるごとに、日本人が英語を勉強するならカナダが一番いい、と進めているくらいです。  (p.12-13)
 3年間カナダに留学されていたという。1年目は日本の便利さを思い、2年目は真に人間的なのはカナダの生活であると思い、3年目に日本とカナダ、それぞれの良さが分かるようになったと書かれている。 (p.16-17)

 

 

【スペイン:クリスティーナ王女の婚儀】
 ヨーロッパの各王家は何世紀にも渡って血縁関係を作り上げてきましたから、婚儀のために集合した各国ロイヤル・ファミリーの顔ぶれたるやそれはすごいものでした。現存する王室はもとより、ギリシャやブルガリアのように王制が廃止された国々の元王族も顔を揃え、加えてスペイン王室はハプスブルグ家とブルボン家の両方の血筋を引いているので、さながら欧州中の王侯貴族が集まった観がありました。 (p.33)
 これ以上詳細かつ具体的な記述は一切ないけれど、このような記述からだけでも、EUが結成された現在のスペインに再び繁栄がもたらされている理由がわかろうというもの。王族たちの財政をささえる有力者達、すなわち 「ロートシルト(赤い楯)」 の一族がその結束力を発揮しやすくなっているということである。

 

 

【韓国:戦後初の皇族の公式訪問】
 日韓共催ワールドカップサッカーのおかげで、韓国を訪問することができました。もちろん主眼は開会式出席でしたが、戦後初の皇族の公式訪問ということで、できるだけサッカー以外の訪問先も盛り込んでもらい、5泊6日の楽しい旅になりました。 (p.112)
 ユネスコ世界文化遺産にも登録されている15世紀以来の王宮 「昌徳宮」 を見学しました。現存する最古のものとしては17世紀初頭にできた 「敦化門」 で、それ以外の建物も順次修復作業が進んでいるということでした。 「楽善斎」 は梨本宮から李王家へ嫁がれた李方子 (イパンジャ) さまが1989年に亡くなられるまで住まわれたところです。方子さまは知的障害者施設の明暉園を始め、さまざまな福祉活動を長年続けられ、多くの韓国民に慕われた方です。 (p.113)
 高円宮さま人生最後の訪問国が韓国となったらしい。金大中大統領の当時、ワールドカップ共催に乗じて日韓文化交流が活発になっていた時期だけに、高円宮さまは日本皇室代表として気張りすぎていたのだろうか。
 時空を超えて全てを見通し逡巡することなく果敢に対処する日本神霊界は、そんな高円宮さまの命を終わらせる決断を下していたらしいことを耳にしている。皇族といえども神国日本の命運に関わって出すぎた行為があるならば容赦はないということらしい。国際交流に深く関わっていた高円宮さまという惜しい人材をなくしたことより、損失の過大を防いだのであろう。日本の神霊界が厳として存在する証しとして理解している。 
 
<了>