19日 柳津虚空蔵尊鑑定 


遠路あちこち鑑定に来ていただいてありがとうございました


おかげさまで好評をいただいて無事終えました


次は29日が鑑定予定日です


現地に来ていただいたかたは


心身の疲れを自然に軽くして帰られたと思います


よく知られていますが


森林浴の効果は大です


心身の疲れをとることはもちろんですが


自律神経のバランスを整える


脳をリラックスさせる


ナチュラルキラー細胞を増やす


その他。。。。。


色々な効果が期待できます


週末 もしくはお休みの時に


このパワースポットにおとずれ


自然に大いに触れてください


平地ですので木々はたくさんありますが


有酸素運動 境内を探索して歩くだけでもパワーを十分もらえますよ霧

久々の記事更新です


メッセージボードでもお知らせしておりますが


7月19日 29日と柳津虚空蔵尊の境内にある


お寺CAFA夢想庵にて占い鑑定をします


お時間のあるかたは 是非お立ち寄り下さい


お寺の境内はかや けやき 銀杏の大木がほうぼうにあり


霧「森林浴」をたっぷり浴びれます


それだけでもここに来る価値は十分あります


日頃の疲れを癒してください霧


また樹齢何百年か?何千年か?


と思われる大木に触り パワーをもらってください


都会の人にはうらやましいほどの


自然の恩恵が境内のあちこちに満ちあふれております


また境内には「七不思議」!?と呼ばれる七つがあります


七つの探索も楽しみにおいでください


恋人たち またはまだおひとりの方には


「縁結びの神様」といわれる何かがラブラブありますニコニコ


皆様お時間のある時に 是非癒されに行ってください


パワースポットとしてお勧めします


また境内にある「お寺CAFA夢想庵」にて


おいしい厄除けそば 七不思議コーヒーをのみ


ゆっくり休んでください


これまた杉田さんというとても癒される方 ほかの皆様が心からお迎えしてくれます


19日 29日 もし鑑定に来られる方は


090ー2607ー9158 杉田さんまで予約を入れてください

人間の心ドキドキは体の中でも 最も繊細なところ


人によってはいとも簡単に傷つきます


時として血まみれになることもあります


体の傷は時間が経過することで治ります


心の痛みや傷は どんなに時間が経過しても


元に戻らない人もいます


そして心の傷は


手術では治りません


人の心は自分の心 もしくは人の温みの心で修復が可能です



人生は予期せぬことが望むと望まざるとにかかわらずたくさんおきます


試練のつどに何度も心を奮い立たせ乗り越える人


試練を乗り越えようと意識的に思わずとも


状況から逃げずに静かに受け止める人


人によって苦しみの度合いも乗り越え方も違いますが


苦しみの乗り越え方に気を付けるところがあると思います


当たり前のことですが


苦しいことを苦しみながら乗り越えない


きついことを「きついビックリマークきついビックリマーク


と繰り返し思わないことです


確かに人間は多くの試練を乗り越える都度に


強くなり成長をとげます


忍耐力さえなくさなければ必ずどんな事も何とかなる世界もあるでしょう


その意味で悲しみと苦しみの試練は


言うなれば「心の筋肉の強化」といえるかもしれません


けれど


人間は心の感動の世界 生き方が必要です


喜び 笑い 泣く 怒る(人のために怒ること)も含めて


日々の感情が心の栄養だと思います


体を鍛えるように目にはっきり見えることではありませんんが


心の感動を栄養に


数々の試練を乗りこえていくことで


人生の醍醐味はより味わい深いものになっていくのではないでしょうか


これも一つの提案です

久々の記事更新です


連日STAP細胞の報道を目に耳に


しない日はありません


万能細胞まさしくその存在が


あつて欲しいと思う心が


これほどまでに人々の心を釘付けにするのでしょうか?


一方でこれは私が思うことですが


この問題を記事にすることさえ


おこがましいような気持ちになっています


(それでもあえて記事を書きますが)


そもそも 話が拡大しますが


人の生死は神の領域


世の中には


五体満足で生まれてくる子供


そうでなくも命を授かる子供


そして子供を産みたい 産まないではなく


産みたくても産めない体の問題を抱えている女性


また人によって不治の病にかかっても


奇跡の回復があったり。。。。。


願いがかなわなかったり


名医にかかることができても 死を迎えることはあります


そこに一人一人の人間の寿命が神の領域と考えますが。。。。。


判らない事が世の中には多々あります


STAP細胞はもしかしたら


人間の選択すうるところではない


神の領域にはいることではないかと思ってみたりします


奇跡は起こりうるときは必ずありますが


確率の問題はやはり未知です。。。。。

本編ドラマの最終回も終わり


続編がすでにささやかれているドラマです


見ていた方 見ていない方でも


ドラマの中で


倍返しにしてやる


百倍がえしにしてやる


は耳に残るフレーズですね


私はこのドラマを見るたびに


実は思いだしていた言葉があります


「撃たれたら撃ち返せ


撃たれたら機関銃で撃ち返せ」


です 


私の人生の師匠と呼ぶべき人が言った言葉です


中途半端な反撃は 相手に余裕を持たせ


後で打ちのめされる


こちらが正攻法でやっても


いつ 何時


理不尽な理由で寝首をかかれるかわからない


また 理由も無く

疎外され 伸びる芽をつまれているかわからない


そして考えたくはありませんが


仕事の世界で利害が絡む時


いつ味方が敵になるかわからない


仕事先で明かに結果を出していても


評価さえ無視されるときがある


一生懸命やっていても 伸びる芽を摘まれる時がある


明かに理不尽な状況で厳しい試練にさらされる時がある もしくは人がいる


その時 私の師匠はこういいました


「いやな思いをさせてくれてありがとう」


という気持ちで明るく乗り切れビックリマーク


この「ありがとう」が問題なのです


嫌みのありがとうになっては駄目です


明かに窮地に立たされ 試練にさらされる


もしくは明かに 理不尽な不公平 差別をされている


何とか乗り切らねばならない


これを乗り越える事で 必ず何らかの成長につながる


努力も工夫も涙も汗も流す


試練に負けなければ必ず「力をつける」


工夫が「何かをもたらす」時がある


それに対しての「先のありがとう」です


どんなことにせよ


敵が何かを仕掛けてくる


妨害する 疎外するということは


「相手にされている」証拠


つぶそうとされる 罠をかけられる


これはいろいろな意見があるかもしれませんが


人間が感情という生き物を持つ限り


私たちは いつ厄介な敵と遭遇するかわからない


利益優先を第一という考えかたがある限り


不公平 差別を公然とされる時がある


いいことを一生懸命頑張っているだけでも


残念ながら駄目な世界があることを


知っておく必要があります


その他 様ざまな心模様が


現代の人生を思い知ることがありました


続編を期待しています





皆様も御存じの通り


7年後東京オリンピックが決まりました


私も日本人の一人として「決定」をとても嬉しく思いました


けれども決定と時を同じくして


宮城県知事の会見の放送で


「今だ人でも足りておらず 資材も高騰している」


オリンピックの(各競技場 


施設の)建設が始まることによって


復興のますますの遅れ


資材の高騰の懸念を話されておりました


実際 現地にいれば


仮設住宅がそのまま


さら地もそのままの状態のところが多い事も確かです


以前より見かけなくなったのは


がれきにつまれた山々を見る事が減りました



平成23年11月8日の河北新報の第一面の見出し記事では


「被災家屋 修理進まず


職人も資材も不足


3県まだ4割3万戸未着手」


記事では大工 修理する職人不足の深刻さ


資材の供給も全く追いついていない状態


遠方の職人の応援を頼もうにも


泊る宿も確保できない


という内容の記事です


今は25年9月ですから


その記事の掲載から2年近く 


経過したことになりますが


早期復興とはまだまだ言えない状況でしょう


仮設の住める期間は確かに長らえましたが・・・・・・


7年後の東京オリンピック


全ての人が心から応援出来る環境の中にいる事が


もうひとつの東京オリンピックを成功させる


心因だと言えるのではないでしょうか?







藤圭子さんの自殺報道が昨日から 


頻繁に流れていますね


どんな人の自殺でも


自殺の報道はとても残念な思いと


何故にという疑問が残ります


死という選択を選ばなければならないほどの絶望的な思いに


苦しみ傷ついた思いははかりしれません


心から御冥福をお祈りいたします


さて話は変わりますが


私の住む登米市は


震災時被害の多かった石巻市の隣です


悩み苦しみ様ざまな問題を抱えながらも


懸命に生きている人たちがほとんどです


そして


今持ってなお あの震災時の状況は語りつがれています


ある人は震災で子供と親を亡くし


たった一人になりました


ある人は妻を亡くし子供を亡くし


たった一人になりました


自殺をしたいのではありません


「家族と同じところに行きたい」


と表現されます


返す言葉がすぐに
ありません


気持が痛いほどわかるからです


例え死んでも同じところへいけるかどうか


はっきりわからなくとも


同じところに行きたい


死を否定できないほど


気持が伝わります


けれど


それとは別にやはり


この世に生きていたいと 


思うようにという


どんな言葉が話があるのでしょう


言葉以上の生きる意義


生きがい


人によって違うと思うのですが


人は自分だけの為に生きるよりも


誰かと共に励み


泣き笑い


一緒に何より 喜ぶを分かち合える人が欲しいと望んで求めている


とわたしは思っています


家族がいなくても


家族になりうる心の環境をもし誰の為にも


人々がなりうるのなら


自殺者が減るのではないでしょうか・・・・・・



一概には言えません


自殺の理由も人それぞれ様々です


何が人を死ぬほど苦しめるのかわかりません


気持ではないもので人を救える時もあります


けれど自分の気持ちを共有してくれる人が


まわりにいつでもいるのなら


生きながら心が死んでいる人は救われるのでは・・・・・・・


現世で同じ世をともに生きましょうメラメラ







皆様 日本列島


様ざまな異常気象といいましょうか


異常な暑さ続き また大雨の被害


天候の変化に悩まされる今年の夏です


災害にあわれた皆様 今また不安を拭えない皆様


心からお見舞い申し上げます


ここ数年 いえ数十年前から


職業が天候に左右される方は


そのまたずっと昔から


自然の恐怖 天候の災害に悩み苦しみ


もちろん自然の恩恵も受けながら


共存して生きてきました


私の現在住む


宮城県登米市は県内でも


農業をしているところがいちばん多いところです


景色もいたるところに水田が見られます


現在は秋の収穫に向かって


青々とした稲が 順調に今のところ育っています


今のところというのは どんなに農家の方が一生懸命育てても


天気によってはどうなるかわからない可能性があるからです


たとえば東日本大震災では海の水が


水田まで浸かったところでは(石巻ではそうだと聞きます)


塩が土にしみ込んでいるので3年は土をねかせてという話を聞きます


そうです


農家の人 漁業の人は毎日が天候と切っても切れない生活なのです 


災害で田畑がいつ駄目になり


収穫がまったくないことも考えられるなかで


毎日を頑張っているのです


私たちも今日の天気模様 明日の天気模様


確かに気になります


私たちが一般に 「明日は晴れになればと期待する日」でも


「一日の雨が欲しい日 または不安を募らせる恐怖の雨だっりします」


自然は戦うというより 受け入れるしかないのですが


このところの自然災害


確かに全ての人が


何かを問われ 考えさせられているような気さえします


どうでしょうか?

NHKの朝のTV小説「あまちやん」


岩手が舞台のドラマです


ズ―ズ―弁といわれる方言でドラマは進みます


実際よりわかりやすいズ―ズ―弁やイントネーションがつかわれているなと思います


主人公のあまちゃんは東京に行っても


自分のことを「おら」と言っています


女の子でも自分のことを


「おら」とか「おいが」とかいいます


私の知る限り宮城や岩手ではそうです


それはごく自然に女の子も男の子も「おら」と自分のことを言います


けれど


女の子が「おら」というのは


本来びっくりする事かもしれませんね



使い捨ての時代。。。(人でも物でも。。。)


そうは考えたくない 


思いたくないのですが


そんな会社が全くないとは言えない世の中。。。。


物があふれて豊満になると


古いものを大切にしない


新し物好き


次から次へと新しいものが出てくるので


気にいるものだけ重宝する。。。。


古いものはほおっておかれるだけでなく


疎外され場合によっては


壊されることもある。。。。


古いものは活き場所を失う。。。。。。



人間もそうですが物も


あるがゆえに


大切な心が壊れていく寂しさ


も感じてほしいと


なぜか思うこのごろです


何もなくなった


あの時を忘れてはならないと思います


形あるものは全てなくなります


無の心が人をつなぎ


無の心が多くの有形の物質を生み出していきました


世の中の全てではありませんが


人の感情 胸三寸で


価値が簡単に決められる世の中に


疑問を呈したいところです