私たちは


道徳 倫理社会という教育を通して


社会のモラル してはいけないことをしっかり学びます


しかし 昨今の世の中はそんなことを無視して


考えられない残酷な犯罪


親子 兄弟 家族間の中でも 当然のように起こりうる


何かを忘れ去られたように


報道を通して繰り返し事件を知らされます


学校の中でのいじめ虐待 家族間のいじめ虐待


介護の中でのありえない いじめ虐待



また仕事先での理不尽な不公平 時には無視という形で人を追い込む


いじめという形をとらなくても


十分に気持を追い込み


人によっては自殺に追い込まれる人もいます


現代社会で 心を身体を通して繰り返される残酷ないじめ


犯罪としてとりあげられ 


罪を犯した人が 当然罰せられる事件ならまだいいです


問題は警察が介入できない


またはいじめ 虐待を受けている事実があっても


状況証拠や 人づてにしか立証できない場合です


悪いことをしたら 罰せられる


周りの人を騙せても いじめた虐待した事実が消えるわけではありません


いじめをしていても 何の責任もとらない


罰もうけない 注意もされない


組織ぐるみで大罪を犯している場合です

いじめをする人は心の中に罪の意識がないのでしょうか?


自分の大切な人が苦しまなかったら それでいいのでしょうか?


または繰り返しのいじめの中で道徳感がなくなるのでしょうか?



どんな理由があるにせよ あってはならないことです


ある宗教の中では 今この世に地獄がなくなったといいます


それは生きていることが地獄だからと聞かせられたことがあります


けれど 最近思うのです


誰が見ていなくても 警察が裁かなくても


この世で業が深い人は何かの形で


罰せられる地獄というこわさは


けしてなくしてはいけないことだと思います


そして当然


弱い人 何もできない人 身体の動かない人にはもちろん


いじめに対して当然してもいい人と言う人は この世に誰も存在しない


そして地獄に行きたくないからではなく


人間としてしてはいけないことを


自覚しているのに繰り返して行わないこと


を心から願っています