昨日はふとつけたテレビで「朝まで生テレビ」(http://www.tv-asahi.co.jp/asanama/)がやっていました。
毎回のことながら「寝なきゃ」と思いつつ、ついつい最後まで観てしまいました。
今回のテーマは「激論!護憲・改憲・新憲法」ということで、早稲田大学教授の東浩紀さんが中心となって作成した「新日本国憲法ゲンロン草案」(http://genron.blogos.com/d/%BF%B7%C6%FC%CB%DC%B9%F1%B7%FB%CB%A1%A5%B2%A5%F3%A5%ED%A5%F3%C1%F0%B0%C6%C1%B4%CA%B8)をもとに、大学教授・政治家などのパネリスト達が憲法・天皇などについて討論を行っていました。
僕の憲法や天皇に関する知識は大学を受験する際に勉強した政治・経済や日本史レベルのものしかないので、内容について詳しく言及することはできないのですが、番組を観ていてひとつ印象に残った点があります。
番組の中盤に自民党参議院議員の西田昌司さん、東海大学准教授金慶珠さん、そしてソフトブレーン創業者の宋文洲さんが「外国人参政権」の話題で「『日本国民』としての資格とは何か」、「在日外国人に参政権を与えるべきか否か」ということについて議論をしていました。
その時に宋文洲さんが「日本に来日して数年から多くても約20年ほどしか日本に居住していない在日外国人」と、「歴史的背景から過去数代にわたって日本に居住する在日外国人」とは考え方や立場が異なるため、それぞれ別の存在として考えて欲しいと話しました。
宋文洲さんがこの「歴史的背景から過去数代にわたって日本に居住する在日外国人」が来日した背景について説明したときに「強制連行」という言葉を使いましたが、それに対して西田昌司さんが「強制連行など行っていない!!」と声を荒げて主張しました。
このことに関しては昔からよく争点になることであり、また歴史的にどういったことが正しいのかわからないので、僕が言えることはありません。
CM開けに『「強制連行」という言葉を使ったことに関しては特別意図があるわけではなく、どういう言葉でもよい』という旨のことを言い、宋文洲さん自身が西田昌司さんに誤っていたのですが、この場面を観ていて、「言葉の選び方」の大切さを痛感しました。
日本に限らず世界には様々な立場や思想感を持った人々が生活しています。そのため、ある立場に立つ人にとっては何でもない言葉が、他の人にとってはその感情を逆撫でする場合もあります。
多くの人々が自分の言葉を聞くことになるような場で発言する機会のある人は、特に慎重に言葉を選び、自分の発する言葉によって誰かが傷つくようなことになっていないかということについて深く考える必要があると思います。
少し話が変わりますが私は将来教員として働くことを志望しています。
教員が多くの人々が自分の話を聞くような場面で話すことは稀ですが、このことは教員という職業に従事する者にとっても同じことが言えると思います。
自分の発する言葉が子どもにとってどんな影響を与えるのか、自分の言葉が子どもの気持ちを傷つけることになっていないか、と深く考えてから発言する必要があります。
先日テレビ番組でも取り上げられた北九州市の崩壊した多くの小学校学級を立て直してきたことで全国的に有名な教師である菊池省三先生は、「人は他人に褒められることで自信をもち、その自信が自分を成長させる」という視点から、学級の子どもを他の子どもを褒め合わせる「ほめ言葉のシャワー」という活動を行っているそうです。
これも自分の「言葉の選び方」の大切さを物語るひとつの例だと思います。
僕は自分が将来どんな人間となっているかわかりませんが、この「言葉の選び方」をいつでも深く考え、適切な言葉を選べるような人間になりたいと考えています。
昨日はこんなことを考えました。
それではブログを書くのをやめ、自分の仕事を早く片付けてたいと思いますw
