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学生団体chance makersの渡辺です。

今回は、日本インド学生会議代表の住野恭輔さんにインタビューしてきました。

住野さんです。






本日はよろしくお願いいたします。


僕:まずはじめに学生団体名を教えてください。


住野さん:日本インド学生会議の住野です。よろしくお願いします。


僕:よろしくお願いします。学生団体を立ち上げたきっかけを教えてください。


住野さん:学生団体に入ったきっかけは二つあります。

一つは価値観を磨きたかったこと。

もう一つは学生団体を運営してみたかったことです。

一つめの価値観についてですが、何かを達成する時というのは、自分の価値観、覚悟たる信念というのがないと何も感じられない。

そういう想いから自分の価値観を磨きたいと思って日本インド学生会議に入りました。


僕:なるほどですね。

価値観を磨くというのは非常に大切ですね。ありがとうございます。

次に団体のコンセプトを教えてください。


住野さん:日本インド学生会議は、日本とインドの大学生による国際交流団体です。

日本の大学生とインドの大学生が世界の諸問題、あるいは日本の問題、インドの問題について夏休みの10日間~1ヶ月の間ディスカッションを行い、それを社会に発信するという活動をしております。

当団体の理念は草の根レベルでの国際交流です。

草の根レベルとは政府や企業といった大きな組織同士での交流ではなく、個人レベル、あるいはそれに近い形での国際交流のことです。

私たちは日本、インドのメンバーを含めても毎年20名前後で活動を行わせていただいております。

ですので、社会に対して大きなアクションを取ることは得意ではありませんが私たち日本人がインドの事を知り、インドの人が日本を知る事によって本やインターネットではなくリアルなインド、日本を知ることができる。

それを私たちの友人や家族に伝える事によって少しずつ日本とインドの距離が縮まっていくと思っています。


僕:ありがとうございます。

素晴らしいコンセプトですね。

団体を運営していくにあたってリーダーとして心掛けている事はありますか?


住野さん:やはり、「チーム、メンバー全員がこの場所にいて躍動できる」、そういう場所をつくる事です。

少しわかりにくいと思うのですが人が輝いている瞬間というのは、自分が好きなことであったり自分が得意な事をやっている瞬間、個人が躍動している瞬間だと思っているので、「そういう場所を作りたい」という想いがあります。

単純に自分が好きではない事をやるというのは難しいと思うんですね。

人は論理の生き物ではなく感情の生き物となので、いかに相手にとって楽しい、やりたいと思ってもらえる場をつくり提供できるか。

それがリーダーとしての役目だと思います。


僕:なるほど。勉強になります。

ありがとうございます。

具体的な活動内容を教えてください。


住野さん:活動内容は、毎年夏に本会議を開催するのですが、それに向けて1年間準備をします。

12月には引き継ぎがあり、そこで次の代に引き継ぎ、1月から本格的にスタートします。

まずは財団への渉外。財団から資金をいただけるように、ご挨拶へいき申請書類の提出などを行います。

2月、3月は4月の新入生向けのリクルートの準備を始めます。

4月にその年のメンバーがほぼ確定するので、それから本会議の本格的な準備に入って行きます。

本会議の具体的な内容は「分科会」、「フィールドワーク」、「文化交流」からなります。

分科会では世界の諸問題、日本の問題、インドの問題などについてディスカッションをします。

その分野は多岐に渡り、経済、政治、教育、文化など様々です。

例えば、カースト制度についてなどです。


僕:カーストですか?


住野さん:はい。カースト制度は、インドに存在する身分制度です。

その制度の中にはヴァルナの枠組みがあり、ヴァルナは基本的にはバラモン・クシャトリア・ヴァイシャ・シュードラの4つの身分に分けられます。イメージとしてはアッパークラス、ミドルクラス、ローワークラスみたいなものかもしれません。


そのような階級があったので、昔はその階級を超えて何かする事はできなかったのですけれども、今になってインドの経済が発展してくることによって、例えば、不可触民という一番底辺の人たちの中からも、大統領や起業家が生まれたりという事が今インドで起きています。

そういった問題について話し合います。

本会議の準備としては分科会とフィールドワークと文化交流会、そしてインド側との連絡。

インド側にメンバーを集めてもらわないといけないのでその為の渉外をします。

フィールドワークについてはNPOだったり企業に訪問して僕たちが文化会で出たディスカッションの結論と実際の差異を確認したり、さらに調べたいことを伺いにいきます。

例えば、今年は原発問題があったので分科会で原発問題についてディスカッションしました。

そのディスカッションで出た結論、それに関連する問題が実際にエネルギー系の企業ではどのような対処をされているのかという事を具体的に伺い、私たちの結論が社会とのズレはないかという事を確認させてもらいに行きました。

その分科会、フィールドワーク、文化交流会を含めた本会議全体の活動を11月26日に報告会という形で発信させていただきました。

文化会、フィールドワーク、文化交流によって自分たちが得られたもの、あるいはインド側に感じてもらったものを報告会、報告書という形で本にさせていただく、それが社会に対して発信していくことだと思っています。

基本的な活動は以上です。


僕:ありがとうございます。

インド人と出会い変わった価値観を教えてください。


住野さん:そうですね。一番インド人と出会って変わった価値観というのは、「インド人は本当に相手の為に尽くす」ということを知ったことですね。

日本人も昔はそういった価値観があったと思うのですが、近代化していき資本主義社会になっていく過程で、どんどんそういう気持ちって失われてしまったんだと思うんですね。

昔だったら近所付き合いで「これ作りすぎちゃったからあげるよ!」ってあったと思うのですが今はほとんどなくなってしまったように感じます。

でも、インドの人たちはそういう心遣いが当たり前にできるんですね。

例えばインド人のメンバーが来日した際に、私たちはプレゼントを渡したのですが彼らは来日してくれているのに、私たちの為にショール(日本でいうマフラーやスカーフみたいなカシミヤの布地でできたもの)をくれました。

また、私たちは綺麗であることが当たり前の国に住んでいるので、家でも外でも掃除をする習慣が染み付いていますが、インドは道が舗装されていなかったり、ゴミが落ちていたりと普段から綺麗にする習慣がありません。

しかし、彼らが日本に来た際には、お風呂から上がった際に、「床は清掃しなくても大丈夫ですか?」など私たちの習慣に合わせようと本当に細かいところまで気を配ってくれたんです。

彼らが来日するまでは、インド人は自分勝手で叫んでいるというイメージが強かったのですが、今、上げた例のように、私たちが想像していた以上に気を使ってくれて、本当に心から私たちの為に何かしたいという思いを強く感じました。

もちろん、これはお互いが違う国の人であるが故に差異を意識した結果ではあると思うのですが、それを差し引いてもとても衝撃的でした。

本来的には差異は日本人であれ、インド人であれ、必ずあるし、同じ日本人の間にも多様性はあると思います。

だからこそ、彼らから教えてもらったこの価値観を大事にしていきたいと思います。

僕:ありがとうございます。素敵ですね。

インドと日本の教育や大学生の違いを教えてください。


住野さん:はい。私は日本人として小学校から大学まで日本の教育を受けてきているのですが日本とインドの教育システムの違いにはいくつか思うところがありました。

インド風に言うと、日本の教育システムは少しカースト化してきている印象を受けます。

カーストというのは先ほど申し上げたように、自分のいる階級によって自分の人生が決まってしまう、親の階級によって自分の人生が決まってしまうということです。

今の教育格差というのは親の年収であったり親の地位によって自分の地位(環境)が決まってしまうという状況に近くなっているのではないかと個人的に思っています。

なぜかというと日本の場合は良い教育を受けるために、自分の行く学校とは別に他の教育機関に頼るという事が多いです。

塾であったり予備校であったり。

そこにどれだけお金をかけられるかというのが教育格差を生む原因になっています。

あるNPOによると年収が300万~500万の家庭は1月あたり1万~3万円払う事ができるというデータがあります。

つまり、親の年収によって子供の教育の格差が生まれている。

でも、親は選ぶことはできない。

そのような問題に関しては現在日本でも多くのNPO、NGO などが色々な活動していらっしゃいます。

インドの場合は少し違っていて、日本のような教育機関というのは少ないかわりに、家族で子供を教育していく。

お父さんやお母さんが愛情をこめて教育を施していくんですね。

学校でわからなかった事は両親が教えるという事が当たり前に行われています。

日本の場合は親が教えるというよりは、親が働いてお金を稼ぎその分を教育機関に投資する。

そこが日本とインドの違いだと思います。次に日本とインドの大学生の違いについてです。

まず、日本の大学生は選択肢は選択肢が多くて、「どれが私のやりたいことなんだろう」という状況に陥っているように感じます。

インドの場合は大学を出て、「良い教育を受けて富を得て、国の発展のために働く」、という価値観が強いんです。

なぜかというとインドではお金を稼げるのは限られていて、ミドルクラスでも年間11 万くらいの生活をしております。

インド国内で生活をする分では全く問題ないですし大きな家も購入できます。

しかし、彼らのインディアンドリームというのはいい教育を受けアメリカに行く、あるいはアメリカで働く、そういう価値観が根付いており、みんな世界に向かって羽ばたいていく気持ちが強いんです。

日本の場合はそういうのがないですよね。

それはなぜかというと日本が満たされているからだと思います。

私たちはバイトをすれば服を購入できるし、一人暮らしもできるし、美味しいものも食べれます。

しかし、インドはそういう事ができません。

そういった点でインドの学生たちは大きな夢があるのですが日本の学生にはやりたい事が見えてないというのが日本とインドの学生の違いだと感じました。


僕:ありがとうございます。

僕もインドの学生の方を見習います。

次に日本とインドの今後の関係について最後に教えてください。


住野さん:そうですね。今年に日本とインドはグローバルパートナーズシップサミットというインドのお偉いさんと日本の首脳陣で会談があったのですが、これはもともと2000年に当時の両国の首相によって日印グローバル・パートナーシップが宣言されてから、ようやく今年実現したというサミットです。

インドがこれから成長していく中で日本とインドの関係も社会的、経済的には倍々で近くなっていくと思います。ただ大きな問題としてインド人は日本の事を知らない。

また日本人もインドの事を知らないというのが現状だと思うんです。

インド人の中には未だに「日本人は蛇を食うのか?」と聞いてくる人も居ますし、おそらく多くの日本人がインドでも東京に引けを取らないほどに発展している都市が在ることを知らないでしょう。

日本とインドの精神的な距離を近づけるという点で、私たちの活動が両国にとって、小さな助け船になるのではないかと思っています。

では、どうやって知ってもらうのか?

「私たちが直接会う事によって日本を伝える。」
「インドを知る。」
「それを友人、家族、周りの人たちに話していく。」

そうやって、二つの国の文化的な距離は徐々に縮まっていくと思います。

すぐには近づくことはできないですが地道な草の根レベルの、小さい一歩一歩の歩みによって徐々に両国が近づいて行くためのきっかけを私たちが担っていけるよう今後の活動に励んでいきます。


僕:ありがとうございます。最後に皆さんにメッセージをお願いします!


住野さん:「You can't know unless you try.」(やってみるまでわからない。)

私たちは情報に恵まれていて簡単に青写真を描くことができますが、実際やってみるまではそれは好きなことかはわからない。

実際にやってみることで自分が本当に何を求めているか気付くことができるのではないでしょうか。

ありがとうございました!

以上になります!
今回は、学生団体switchの代表 Nさんこと中ノ森正貴さんにインタビューして来ました!

Nさんです!











僕:団体名の由来を教えて下さい。


Nさん:団体名はswitchで、立ち上げたきっかけとリンクしています。

switchの由来だけで話せば、「学生生活を切り換えるスイッチを押そう!」っていうのが由来です。


僕:立ち上げたきっかけを教えて下さい。


Nさん:立ち上げたきっかけは、創設者が今明大4年の吉田さんという方なんですが、この人が、高校の時に、大学ってこんなところだろう!と思って理想として描いていた学生生活が、色んなところから来る仲間と一緒に切磋琢磨して、毎日刺激があって一生懸命何かに取り組む事が出来る環境だと思っていて大学に入学しました。

実際に大学に入学してみると、ホントに自分がやろうと思わない限りは授業も結構自由に出れて、バスケのサークルに入ったのですが、練習しては飲み会してそれの繰り返し、バイトも簡単にこなせてしまうところで、全然変化のない、面白くない日々を過ごしていました。

そんな日々のなかで吉田さんも悩んで、こんなんだったら大学やめて就職した方がいいんじゃないかって考えていました。

その時に吉田さんが高校時代の友達と偶然話す機会がありました。

その友達は仲良くて、一緒に明治大学に入ろうね!って一緒に勉強しあっていた仲なんですが、その人が明大に落ちて社会人になったんです。

それで、高卒で社会人ということで、色々な事を学んできて、吉田さんの大学生一年の11月と、その人の社会人一年目の11月ぐらいに会って話した時に、吉田さんは、その人が全然変わったと思ったんです。

それは、どう考えても、大学って言うよりも、社会という厳しい環境の中でずっとずっと一生懸命やって来たので、高校時代から考えると大きな変化をしていていました。

その時に、吉田さんがその人に「俺もお前みたいに成りたいから大学を辞めようと思ってる!大学って全然面白くないんだよね!」って言ったんです。

でも、その人からしたら大学に行けなかったっていう悔しさもあるから、「今その環境で、出来る限りの事があるだろう!」と話して、「タイムイズライフ」みたいなことを言って、「寿命を削って毎日生きているんだから、もっともっと学生生活を充実させた方が、社会人に出るより良いことなんじゃないの?それって逃げじゃないか!社会人になったからって充実する訳じゃない!だから、今居る環境でもっともっと本気出して学生生活に取り組めよ!」みたいな話をされて、確かになと思って、一つがそれです。

もう一つが、あるボランティア団体の人と話た時にも、吉田さんは、あまりに何もやっていなかった自分の情けなさを感じたのです。

そういうことがあり、まずは、自分が学生生活を充実させる為に、何か一つの目標に向かって、何でも言い合える仲間と一緒に本気になって取り組んでいく部分を叶えられる団体にしていこうと思って学生団体switchを立ち上げました。

それで、最初は飲み会ばかりやっていて、飲みサーになるんじゃないかみたいになったんですが、「やっぱ、なんかしよう!」ってなって、あるメンバーが、「大学生を巻き込んで運動会をやったら面白いんじゃないか!」みたいな感じで運動会っていう構想が生まれました。

それで、運動会は、小中高で終わりますが、チームワークなどの部分で凄まじい効果があると思っていて運動会を始めました。

そこに、先程話したボランティア団体の影響もあり、チャリティーとかボランティアの要素を組み込んで「チャリティースポーツフェスティバル」というのをメインイベントとしておくことになりました。

このフェスティバルは参加費をとって、必要経費分を全部支援に回します。

僕たちが支援している国はバングラディッシュです。

何故バングラディッシュに支援しているかというと、最初は色々な国が上がっていて、自分達でプレゼン大会をしました。

それで、スタディーツアーでバングラディッシュに行ったメンバーがいて、やっぱり、インターネット上の情報よりもその人が実際行って生で体感して話した方が説得力があって、「じゃあバングラディッシュの方向で進んでこうか!」って話になって、その中でバングラディッシュフェスティバルっていうのを代々木公園でやっていて、そこに吉田さんたちが参加しました。

そこで、吉田さんたちがHISさんのブースに行き、自分達のこういうチャリティーがやりたいって話をして、そこから、どんどんHISさんと話が進んでいきました。

それで、最初は、学生がバングラディッシュのスタディーツアーにいくっていう部分のパッケージの商品を作る話になりました。

それでどんどん決まっていき、吉田さんが狙っていたのが、運動会とバングラディッシュ支援が決まっていて、チャリティースポーツフェスティバルにしようと思っていて、そこに商品としてHISさんから貰えないかって事をぼんやり考えながら、HISさんとのスタディーツアーの打ち合わせにずっと臨んでいました。

それで、第一回のイベントの一週間前にHISさんとの打ち合わせでこの狙いを切り出してみたんです。

もう、最後の最後の提案で協賛をお願いして、旅行券30万円分を毎年貰っています。

そこを貰ってからずっと、HISさんと関わりをもっいます。

立ち上げてから、こういった経緯で、まずは、がむしゃらに突き進んでいき、第一回目のイベントを上尾競技場で568人の友達を呼んで運動会を実際に開催しました。


僕:ありがとうございます。
コンセプトを教えて下さい。


Nさん:switchはコンセプトとかビジョンを凄い文章化して掲げています。

ビションは二つで、一つがswitchのメンバーの学生生活を最高に充実させる事です。

二つ目が、最高に充実したメンバーが、外部にイベントをうつことで、そこに来て下さった御客様が学生生活を切り換えるきっかけを得て貰えるようなイベントをうてたらいいよね!ってところが自分達のビジョンとして掲げております。

自分が、実際にバングラディッシュに行ってきて、その中でやっぱり、先輩が立ち上げてある程度出来た組織に自分が入って活動していて
、ボランティアとかチャリティーとかをやりたいと思って入って来るメンバーは、少いんです。

ほぼ、いない状態で、楽しそうとか思って入って来るメンバーがいて、でも、その中で、先輩たちが支援してるからとか団体として関わっているから必然的に、そういうボランティアとかが大事なんだとか学んで気づいていくこと、それが内部の充実に繋がっていきます。

でも、何でバングラディッシュなんだろう?とか何で海外に支援しているんだろうとかいう部分も自分達で考えていて、やっぱり、先輩がバングラディッシュって決めたから自分もバングラディッシュに支援していくか悩んでいます。

確かに、バングラディッシュに行ってきていい経験をしたし、その人たちがあったかかったから、支援したいという気持ちはあるのですが、まだ、他の行った事ない国でも、そういう気持ちになるのならば、なにもバングラディッシュに拘らなくてもいいんじゃないかなって思っていて、その中で、HISさん が吉田さんにエクマットラっていうバングラディッシュの現地で活躍しているNGO を紹介してくれました。

そこのリーダーが日本人の方なんですが、その方は、人間力大賞というのも貰っているぐらいで、影響力もあり、刺激を受ける人で、その人間性に惚れたっていう部分で、自分達は、エクマットラに支援していました。

その中で、エクマットラ自身も、支援に依存しない組織体勢を目指していて、どうしても、発展途上国だから、先進国からの支援に頼りになってしまうのですが、自分達でバングラディッシュを変えていかないと、いざとなった時に、自国として、強く成れないっていう想いがあって、二回目のチャリティーフェスティバルが終わった時に「switchの金銭的支援をもう、要らない」と言われてしまいました。

「もう、自分達で回していけるような資金は整ったから、どこの団体からも、金銭的な支援は貰いません!」と明言したんです。

それで、三代目として、凄く悩みました。

また、新しく支援する団体を探してチャリティーという形をとらなければいけないのか、そうではなくて、一から考え直せる逆にいい環境を貰ったのか、考えました。

そこで、エクマットラのリーダーに「今後も学生生活を充実させて、学生にきっかけを与えて行くのであれば、もっともっと海外の他の国の世界にも視野を広げて行く必要がある!」って言われました。

その通りだと思い、今までバングラディッシュを支援する事が決まっていたので、改めて調べる事もなかったし、バングラディッシュの本質的な問題が何なのかを考える事も無かったので、自分が三代目を引きついだ時に最初に掲げたのもそれで、もっともっと知ろうみたいな部分で、話し合いの場を設けて、バングラディッシュの事は知れました。

では、「他の国はどうなんだろう?」っていうところで、HISさんに協力して貰い、航空券を頂きラオスという国にこの前行ってきました。

それで、感じたのは、バングラディッシュで感じた事と同じ様なことです。

やっぱり、日本ではあり得ない様な環境だったりとか、首都は発展しているのに、発展していない地域のギャップが凄かったりとか、考えて学ぶ事が多くて、ラオスも自分の心意気次第で色々な事を学べるんだなと思って海外旅行最高に楽しいなと思いました。

今までは、2月下旬と3月上旬にスタディーツアーでバングラディッシュに行っていました。

それで、そういう気持ちで有れば、勿論チャリティーやボランティアは人間性で学べる事が凄く多いから無くすつもりは無いんですが、チャリティーフェスティバルは、参加費2000円かかっているので、ハードルが高いので、自分としてはチャリティーという形は取らなくて、出来る限り参加費を落として一杯いろんな人に軽い気持ちで参加してイベントの中でそういったボランティアとかチャリティーを海外に出て行くことで得られるものみたいな部分をどんどん発信していって、「自分達で実際にスタディーツアーに参加して見ませんか?」
みたいな切り口で学生を巻き込んで行ければ、きっかけの一つとして、海外へ行く事を学生生活を切り換えるきっかけとして分かりやすいんじゃないかなっていう感じで、そっちの方向で今考えています。


僕:リーダーとして心掛けていることを教えて下さい。


Nさん:リーダーとして心掛けていることは、誰よりもリーダーとして団体に対しての貢献度が高くありたいと考えています。

それは、先輩が与える影響はでかいので、先輩かつ代表になったら、どれだけのメンバーにどれだけの事を影響出来るか計り知れないので、だからこそ自分に厳しくやって行きたいと思っています。

やっぱり、代表として学業もしっかりとした姿勢でみせていこうと思います。

switchの中だけでなく、他での出会いや成長を忘れないように外部に出て行くことを忘れないということで、それを見たメンバーも外部でもどんどん吸収していき、switchに還元していくと思っています。

自分は将来、学校を作り上げたいと思っていて、それで、一杯語れる経験とか、自分が教えてる生徒が充実した生活を送れるように導けるように成りたいと思っていて、今switchでやっている活動は全部プラスになっています。

だから、switchの活動を自分の夢と直結させて、switchで頑張ったからこの夢を見つけたとか、switchで本気で頑張ったから、実際に就活時に自分の夢にストレートで進んで行けるように、引退して欲しいです。

そうするためには、やっぱり、メンバーに対して、考える力とか発言する力を一つのコミュニティーを置いて回していける力や色々な基礎の力をswitchの中で学んで行けたらと考えていて、だから、自分も外部で得た知識や考え方をメンバーにアウトプットする事を心掛けています。

あと、今まで先輩たちが築いて来た、外部での信頼関係を無くさないようにしていきたいと思います。


僕:活動内容を教えて下さい。


Nさん:では、まず、組織について話します。

活動内容としては、毎週木曜日にミーティングをしています。

ミーティングというのは、ビジョンとかコンセプトを達成する為のもので、外部に対してのイベントの打ち合わせをメンバー全員でする事と、あとは、内部の充実という部分で3分間プレゼンみたいなのを毎週3人づつやっています。

これは、自由なテーマでメンバーが考えてプレゼンをします。

あと、ワークショップみたいなところで、自分の意見をまとめて話す力にもなるんですが、お題を決めてグループになって話します。

ミーティングの主な流れを言いますと、情報共有(一週間の活動)→三分間プレゼンorワークショップ→イベントの打ち合わせ→各部署での話し合い→全体での情報共有という流れです。

switchはイベントごとに部署が分かれています。

たとえば、チャリティースポーツフェスティバル2011だったら、

ムービーやパンフレット等を製作する製作部と、

実際に会場との打ち合わせや当日のメンバーの運営、シフト、仕事の割り振り、集客、などの管理を考える運営部、

実際にこういう運動やったら面白いとかを考える企画部、

あと、協賛を得る為に企業に話し合いに行く渉外部、

この4つがあります。

これは、イベントの為の部署で外部の充実を担っています。

更に通常の部署があり、これは、内部を充実させる為の部署で、毎週のミーティングの場所取りやメンバーの出欠管理、司会の募集、3分間プレゼンの話す人の募集、話す内容の確認、ブログの更新等、そういう運営に関わる事を担う運営部、

運営は、面白い事をやっていて、メンバーにインタビューして、その内容を新聞にすることをしています。

これは、メンバー同士がより仲良くなるため、メンバー同士を繋ぎ止める役割を果たしています。

あと、内部がボランティアに関心を持ってもらう為にボランティアについてのワークショップを行う事とスタディーツアーについて決めていくのもボランティア部、

あと、企画部があります。
第一土曜日と第三土曜日にレクレーションをやっていて、これは、メンバー同士が仲が良くいる為に楽しい事を企画する企画部です。

こんな感じで三つの部署が内部の充実を担っています。


僕:実績良かった事を教えて下さい。


Nさん:実績は、チャリティースポーツフェスティバル2011は、大体お客様が800名ぐらい来て頂きました。

あと、インフィニティーン学生合同新歓フェスティバルっていうのをやって学生団体を約37団体集めて、37団体ブースを出して、そこに1、2年生を呼んで、かつ、学祭みたいにしたくて、ステージでファッションショー等を企画してやって約600名のお客様が参加しました。

良かった事は、一杯ありすぎますが、今が最高に楽しい事です。


僕:ありがとうございます。
最後に一言お願いします。


Nさん:学生生活で楽しいことは、色々なところにありますが、やっぱり、本気で取り組めば取り組むほど、嫌なことやめんどくさい事もありますが、でも、それ以上に楽しくなったり、学生生活が充実します。

だから、今ある環境で自分にとってほんとに良いものとか必要と思った事には、嫌なことがあろうとも本気で取り組めば楽しくなって来るよ!

それで、なにして良いか分からなかったら、switchのイベントに来て下さい。

以上になります。

ありがとうございました!













今回は、情熱溢れるイベントマンこと、オリジナリティー溢れる様々なイベントを企画している町田健登さんにインタビューして来ました!


町田健登さんです!







僕:コンセプト、また、情熱溢れるイベントマン町田健登さんとはどのような人物像なのか教えて下さい。


町田さん:僕は団体というものは持っていないんですよ。

でも、やりたいことだけは、最初から凄い明確に持っています。

それは、"やれば出来るというのを自分の背中で示す"というミッションです。

全てのイベントもそのミッションがコンセプトで始まっています。

つまりどういうことかというと、今の大学生とかを見て凄く感じたのが、環境のせいとか自分に限界を作っている人が凄く多かったんです。

でも、そんな人にこそ「そんなことないぞ!お前にも出来ることがあるぞ!」ってことを凄く伝えたかったんです。

でも、こう口で言う事は簡単ですがなかなか伝わらなかったんです。

実際に、その子自身が自信を持つ事は少ないんですよ。

じゃあどうしようかと考えました。

僕は、団体じゃない団体、つまり、ただイベントを作っていくという形態が実はニーズに合っていると思ったんです。

そのイベントを運営企画したい人が集まり、そのイベント終了→打ち上げ、「はい!解散!」みたいな感じです。

なぜこの形態なのかというと、やっぱりハードルが高いと思うんです。

なんかいい団体があり「入りたいな」と思って、いざ入ると常にルーティーンなワークがあったりとか、複雑な人間関係があったりとか、時間的な問題とか色々あると思うんです。

でも、短期集中型なら、面白いって思ったイベントだけやれば良くて、そうでなかったら、離れていくことも出来るし。

ある主、踏み台にして欲しいんですよね。

達成経験を積んで欲しいんです。

そこで、何かやってみたいけど、自分で出来ないって子がきてくれて、昔は発想出来なかったことが先輩と出会って出来るようになったりしたら、自信もついて、各々のフィールドに帰った時、「自分何したいのかな、もしかしたらこれ無理だと思っていたけど、出来るのかも知れないな」って思って始められれば、凄いいいなと思って自由形態で今までやって来たんです。

これがコンセプトでありビジョンで、少しでも多くの人を巻き込み楽しいと思えたらなって。

文化祭的な事が好きなんですよね。

文化祭ってワクワクするじゃないですか。

一つゴールを設定して、「これ大変だな、辛いな」って、でも、不思議な仲間同士の一体感があり、やっぱりそれって誰か相手がいるじゃないですか。

その人たちの為にって思って何かやって、一言「ありがとう!」って言われる事がどれだけ価値があるか、と僕は思っています。


僕:このような活動を始められた"きっかけ"を教えて下さい。


町田さん:きっかけは、僕の高校時代までさかのぼります。

当時は、今と全然違って、僕も頑張るタイプでは無かったんです。

そんな僕が変わったきっかけは、高校二年生の時の出会いです。

僕は、二年生の時、演劇部に入ったのですが、その部員は、先輩一人でした。

でも、その演劇部が二年間で全国二位になるという奇跡を起こしたんです。

何故そんなことが起きたかというと、最初一人でやっていた先輩ずっと夢を言っていたんです。

「町田、俺は全国に行きたいんだ!」って。

当時の僕は、そんな先輩を理解出来ませんでした。

でも、また、丁度演劇部に赴任してきた先生が僕にこう言ったんです。

「町田、演劇には補欠がいないんだぞ!どんなセリフが無かろうと、音響、照明で舞台に出なかろうと、そいつ一人が居なかったら、この舞台は作れないんだ。だから力を貸してくれ!」って言われたんです。

でもまだよく分かりませんでした。

でも、どこかに引っ掛かるスイッチがあったのです。

それで、試しにぶたい出てみてお客さまから反応が返って来ました。

笑い声が上がって少し嬉しくなりました。

それで「俺、舞台の上だと変われるんだ!人に喜んでもらえるんだ!これ凄いな!」って思ったのです。

それで、先輩も「全国(に行くんだ)!全国(に行くんだ)!」と言っていたので、その気になってしまったのです。

それから、気がつけば夢中で、同じように魅せられた仲間が集まっていきました。

それで、一年間で関東に行き、先輩と僕らは引退しましたが、その後も後輩達が夢を継ぎ、のしあがって行き、まさかの全国二位をおさめたのです。

当時、問題児集団だったのですが、そのなかでも一貫していたことはあったのです。

それは、「人の為にやりたい」と言うことです。

高校演劇は、批判の対象だったのです。

それで僕らが貫いていたことは、「自分達が楽しくない劇はやらない!」ってことで、お客さまを笑わせる事だけを考える事にしました。そうしたら結果もついて来ると思ってやっていました。

そしたら、ファンとかもつきはじめて、終わる頃には、何か変わってきていました。

実は、過去に人間不信になっていた時期があり、「人前では泣かない!俺は一人で生きるんだ!」って決めて生きて来ていたのですが、いつの間にかその壁をみんなに取り払われていて、ありのままの自分がいて、引退する時に凄い泣いていました。

でも、気持ち良かったのです。

これっていいなって。

仲間と一緒に何か一つの目標を定めて熱く成れる事は、実は、滅茶苦茶カッコいい事だと思いました。

自分に限界を感じて、人のせいにして、カッコつけて生きているよりも、「馬鹿だ!アホだ!」と言われても、自分らしく生きている方が、よっぽど楽しくて、人間らしくて、生き生き出来るんだなって。

それで、このまま終わっては駄目だと考えました。

先輩みたいに成りたかったのです。

「俺が夢を語る!」って。

「今は分からなくていいから、とりあえず一緒に一歩踏み出してみよう!そしたら、いつか気付ける事あるかも知れないから!」って。

このスタンスで大学が始まりました。

夢いっぱいで入ったものの、初めの方は大変でした。

授業よくわからないし、

最初は人助けしようとライフセーバーになり荒波に巻かれ自分の命が危険と感じ、恐いと思い辞めて、

次に入ったインターンシップで、そこでも人間関係が嫌になり辞めて、

「俺どうしようもないな、口ばっかりじゃん!」と思っていた頃に色々な出会いがありました。

ある時イベントを任されて、新歓だったのですが、そこだけ試しに全力でやってみました。

そうしたら、演劇と同じだったのです。

必死に「喜ばせたい!」って、「筑波大学に入って良かったって言って貰いたいな!」って、今までで一番最高のものを作ろうと思いました。

そうしたら、凄いエネルギーが溢れて作ったら、やっぱり、新入生から「町田さん、来れて良かったです!」って言われました。

「これ、もう、たまらないな!」と思い、やっぱり誰かの為にかけたいと思い、今度はもう舞台ではなく、このフィールドでイベントを続けたいと思いました。

「イベント何かやりたい!」って言った時にそのエネルギーを集めて、自由にやって、そのあと解散でもいいので、そこに来た子が、「自分も出来るかな♪」「あぁ、良いこと出来た!」「この先どうしようか!」っていうきっかけに出来たら良いと思い、みんなが「無理だ!」って言うことを自分からやり始め、池をいきなり掃除したり、水上喫茶店を学園祭で経営してみたり、子供たちの為にRPGの世界をリアルにおこすっていうイベントをやったり、という感じで始めていったのがきっかけです。


僕:苦労した事を教えて下さい。


町田さん:先ずは、お金ですね。

「やるぞ!」って言って集まってもお金がなくて出来ないっていうそこは切実でした。

途中から成果が認められて、「町田くん、これやってくれない?」ってお金付きでくる事があったから、そうなってからは大丈夫だったのですが、最初の頃はこだわり過ぎるとお金がかかるからそことの兼ね合いは大変でした。

あとは、チームって何なのか理解出来ていませんでした。

やりたいっていう想いさえあれば、何だって出来ると思っていたので、理念の共有化っていうことをやりませんでした。

俺がやるからついて来い!」って。

そうすると、批判する子が出てきました。

ゴールが共有出来ていないので、思考と行動が変わり出して、喧嘩になりました。

「お前のやっている事わからない!」って、「町田は熱い!、もっと冷静になれ!」って。

「でも、俺はこんなに夢があるんだよ!何でわからないんだよ!」って。

でも、それは僕に能力がないからだ、って話になって、そこでしたね。

最初は、一体感が無く、町田だけの組織で終わってしまっていた事が一番の苦労でした。

という訳で、ゴールの共有はホントに大事です。


僕:良かった事を教えて下さい。


町田さん:いろいろありますが、一番感動した瞬間は、スタッフの何人かが言ってくれた言葉です。

「町田さん、私あなたに出会えて、このサークルに入れて、人生変わりました!」って、泣いてくれる子が企画後何人か現れ始めて、超嬉しかったです。

やっぱり、さっき言ったような苦労があるので、伝わらないなって時期もあったので、そういう子が現れて、「生きてて良かった!」って思いましたね。

あと、参加した子から「ありがとう!」の一言が凄く嬉しくて、どんなに辛くても、それでまた来年頑張りたいなっていう気持ちにスイッチがかかって行きます。

あとは、そういう中でいろいろあったけど、超大切な仲間に出会えたから相談出来る人もいるし、逆に暴走した時に、「ここだよ!」って指摘してくれる子もいるし、そっと側にいてくれる仲間もいるし、やっぱり人ですね。


僕:リーダーとして心が掛けている事を教えて下さい。


町田さん:リーダーである前に、自分らしく生きる事を凄く心が掛けています。

リーダーは、夢とビジョンを語るべきだと思っています。

そのリーダーがなんか頼り無さげだったり、どうしようかとか思っていたら、みんなに伝わってしまいます。

でも、もし不安だったら「不安だよ!だから力貸してくれ!」って言えばいいと思います。

ようは、カッコつけずに、こうありたいんだよって有りのままでいると、不思議なエネルギーが出て、人って集まってきてくれるんです。

逆に向こうも自分らしさを表してくれるから「俺の強みここ。あなたの強みここ!じゃあ、こことここで頑張れるね!」ってなるから凄いそれは意識しますね。

あとは、やはりゴールの共有ですね。

先に「こういう目標でやりましょう!」って、あるいは、「どれくらい出来るの?」って聞いてるようにしています。

あと、イベントにおいてですが、「誰のためにやるのか?何のためにやるのか?」って事は、最近忘れがちでしたが、重要だと思いました。

自己満足にならない為にです。

自分が成長したいというのは根本的には有ることですが、でも、その為に人を利用していいっていうのは、おかしいじゃないですか。

やっぱり、夢があってそれが何かの為になる事だったらもっとエネルギーが湧くし、頑張れるし。

自己満足だと、どこかで狂ってしまうんですよね。

続かないですし。

やってて苦しいですし。

だから、そこを意識します。


僕:今後のビジョンを教えて下さい。


町田さん:12月25日に無事、ギネス世界記録×被災地支援企画も終了しました。

お客様と一緒に125mのロールケーキを作り、ギネス記録を獲得、忘れられないクリスマスの機会を提供すること。

同時に被災地の今を伝え、何故、南三陸町にジャングルジムを送るのか話し寄付金を募ること。

この二点を目的とし始めた企画でしたが、無事、多額の寄付をいただけました。

3/11までに、
南三陸町にまずは、一基、ジャングルジムを建てるのが今の夢です。
新年から、バシバシ動いて今度は被災地でイベントします☆

四月からは、展示会ビジネスの仕事に着きますが、変わらず、ゼロから一をつくりつづけます!

以上に成ります。

ありがとうございました!