こんにちわ!ひとみです。

今回もよろしくお願いいたします(*^-^*)

日常生活を送るうえで、
知らず知らずのうちに
避けていることって

ありませんか?

分かりやすいところでいうと、
交通事故を起こした場所に
近づきたくないので、

知らず知らずのうちに
遠回りしてでも
そこを避けているとか

好きな人の告白して
上手くいかなくて
それどころか

トラウマになるような体験をしたとか
…気が付いたら周囲の人が
好きな人に告白したことを知ってたとか

好きな人が
後でそのことについて
面白おかしく友人に話しているところを
聞いちゃうとか

そうすると、
告白っていう文脈だけじゃなくて
誰かに何かを話すこと自体が
怖くなっちゃうとか

もっと簡単なところで、
風邪をひく前に食べたものが

その食べ物を食べると
調子が悪くなりそうな気がするから
避けているとか。

わたしの友人も
かつ丼を食べた2時間後くらいに
調子が悪くなったことがあって

以来かつ丼を食べるのが
怖くなっているそうです。

こういうのは
割とわかりやすい防衛で、
自分で意識できるものです。

フロイトの娘、
アンナ・フロイトが「自我と防衛(1936)」という本で
抑制を含む自我の働きとして
「防衛機制」について書いています。

…ちゃんと読んだことはないですが。

そして、写真はフロイドです。

でも、この防衛って
かなり無意識のうちに
日常生活でもやりがちなんです。

以前「マンガで学ぶ」の記事でも書きましたが

 

 

 



耳に痛いことは
「嫌いだ」と言って逃げたり、

本質ではなく
脇道に目をつけて
そこに突っ込みを入れるとか

少し具体的に書くと、

「友達が昨日、
 すごい不思議な体験をしたんだって!

 死んだおばあちゃんが夢に出てきてね…」

みたいな話を友人にされて

「あ、悪い。
 そういう話、嫌いだから」
って

それ以上聞かないようなことが
あったとします。

何でも興味深く聞けばいいっていう話ではないし、
その友人との関係性も
勿論ありますが、

ろくに話を聞かないで
「死んだおばあちゃん」とか
「夢に」とか

そういうワードで、
嫌悪感を感じてしまう。

例えば、
料理の基本は調味料ですという
説明しているときに

「出汁は調味料ですか?」
「素材は関係ないんですか?」

といったような、
身も蓋もない突っ込みを
入れるような人。


いや、そうなんだけど、
そうじゃないんさ!


ってなる感じのこと
経験したことないですか?

わたしが以前セミナーを行ったときに、
瞑想ワークを行いました。

この瞑想ワークの
誘導音声が「笑えて来て、笑えてきて」
とても瞑想どころではなかった。

という感想を
いただいたことがあります。

この方は
瞑想の誘導音声に対して
笑いという形で

瞑想をすることから
避けてしまっていて

自分と向き合うことが難しい方なんだと
感じました。

…言わないけどね。

防衛機制の根本は

「不安」です。

「もう、明日の試験のことは
 言わないで!」

放っておいても
明日試験があることは明白だし、

言葉に出そうがそうでなかろうが
何も違いはないのですが、

向き合うことから避けてしまっている状態。

向き合ったら、
勉強をしなかった現実を
突きつけられるから。

向き合ったら、
嫌な自分とも向き合わないといけないから。

向き合ったら、
ダメなところばかり見えてくるから。

耳に痛い言葉や
関わりたくないと思っていること
できれば避けて通りたいこと。

いろいろあると思います。

でも、
どれだけ避けていても
いずれ現実と向き合うことになるのですから


最悪の形で向き合う前に
準備して向き合った方が
良いと思うんですよね。


わたしは子どものころから
結構おかしなことを考えていて

例えばじゃんけんをして
どの手を出すかによって
いくつかの分かれ道が

人生の中に現れるんじゃないかとか

今は「パラレルワールド」という概念で
知られていますね。

グーを出した自分と
チョキを選んだ自分は

少しづつそこから分かれていって
違う宇宙が存在するとか
重なり合っているとか。

パラレルワールドは
まだどこかでちゃんと説明したいと
思います。

で、もう一つ
常々思っていたことがあって、

人生っていう道を歩いていくときに、
目の前に扉があって
その扉を開けながら

道を進んでいくとします。

扉を開けるのは
なかなか苦労するわけです。

扉の手前に
分かれ道があって
その扉を開けなくても

先に進めそうな気がします。

そこで、
その扉を避けて
先に進んだとします。

しばらくは
進めるんです。

でも、
次の扉に来た時に
前の扉分の重さが加算されるわけです。

つまり、
逃げても避けても、
ちゃんとその扉は現れて、

その分
加算されていくイメージです。

今のわたしに処理できる扉の重さは
前の扉を開けたから
少し頑張れば開いていく重さです。

逃げたら
さらに扉は重く開かなくなり、
大変さが増すだけのような気がします。

無意識のうちに避けていること、
逃げていることはありませんか?

傷口が大きくなる前に
向き合ってみてはいかがでしょうか?

…さて、だいぶ長くなってきましたので、
続きはまた明日~。

あなたの幸せの形を
教えてくださいね!

そして、今日が
ハッピ~でラッキーな日で
ありますように♡

ここまでお付き合いいただきまして
ありがとうございます

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