お久しぶりです。
ブログは更新していませんでしたが、将棋は惰性で続けておりました。
来年の将棋倶楽部24名人戦も、きっと出ると思いますので、よろしくお願いします。
これを期に、ブログもほそぼそと更新していけたらと思ってます。
さて、表題の本。
加藤先生と言えば、神武以来の天才とうたわれたイケメン青年時代はともかく、今は、もっぱらその奇行がフィーチャーされる、生ける伝説と化した人。
その人が本を書きました。
こう言っては失礼だけれども、何か得ようという目的ではなく、面白いひふみんを再確認しようという、ふざけた気分で本書を手にとったわけです。
読後。
忘れていた加藤先生の偉大さを再認識することになりました。
「自分の主張を通そうとするのは、『絶対に勝つんだ!』という強い意識の表れである。『相手がそこまでするのなら、まあいいか』と引いてしまったら、その時点で優劣というのか、上下関係が決してしまう。だから、勝負師たるもの、それが盤外戦ととられようと、主張すべきところは絶対に主張すべきなのである。」(P116)
電気ストーブを置く位置のこだわりも、エアコンの設定温度合戦も、盤の位置の調整も、すべて、自分の力をより出し切るための準備なのです。
勝負師としての生き方を貫けば、当然の帰結であって、勝利への鬼気迫る執念を感じずにはおれませんでした。
将棋盤の位置を直したい加藤先生、直したくない対局相手。
立会人の「ここは先輩である加藤先生の顔を立てて、今回は盤の位置を直してはどうですか?」という仲裁で丸く収まりそうになった時に、加藤先生は決然と「対局場に入ったら先輩も後輩もないし、四段も名人もない」と宣言して、結局くじ引きにしました。
自分が少しでも有利に対局を進めるためには少し奇異に思われても自分の主張を貫かねばならない、と自らに課す一方で、対等な立場で対局相手を尊重する姿勢がとてもさわやかでした。
それから、加藤先生は、自分と死闘を演じた相手はもちろんのこと、羽生世代のような若い世代のことも、ほめます。
そこには老人の愚痴などなくて、若い世代からもどんどん吸収していこうとする、柔軟でみずみずしい感性と謙虚さを感じました。
この年になってもなお、戦い続けられる秘訣がそこにあるのかもしれないです。
加藤先生はとても謙虚なので、相手のいい所がキラキラと見えるのだと思います。
ひるがえって、その眼で我が身を見つめると、自分も今までの戦いの中で勝ち取ってきたたくさんのキラキラをまとっているのにきづきます。
そうして、加藤先生は、人をほめるのと同じだけ、自分もなかなかのものだということを主張します。
加藤先生の自慢話しは、対象が自分であっても、すごいと認めざるをえない部分をほめているだけなので、自慢話しなのに、聞いていて嫌な感じはしなくて、むしろこの辺が加藤先生のチャーミングな部分なのかと思いました。
神武以来の天才は、老いてなお衰えることがないのだと、この本を読んでいて感動しました。