去年の話し。
将棋倶楽部24名人戦に参加した。
大会は体力を消耗するので、1日2局が限界なのだが、15人リーグではなく、60人リーグでエントリーした。
燃え尽きるまで指してみようと、思ってであった。


将棋倶楽部24名人戦の予選リーグは、最高Rで組み分けされる。
僕は、当時の最高Rは678だったので、R608~734のリーグに組み分けされた。


レートが450付近をさまよってる時期があって、大会前に急に700付近まで一気にあがって、テンションアゲアゲで大会を迎えた。
最高レートって、一番いい時期のレートなわけだから、普段のレートの100~200高い気がする。
ということは、まさに今のレートが700に近い僕は、このリーグ楽勝じゃないかと、そんな気分で臨んだのであった。


しかし、そこで大会の魔物に遭遇し、打ちのめされる結果になる。



 将棋倶楽部24の名人戦の受付が、12月5日からはじまります。

 毎回、勝ったり負けたりに一喜一憂しながらの対局で、胃がキリキリなりますが、そこに大会の醍醐味もあると思うので、今年も参加しようと思います。


 ちょっと前から、寝る前に詰将棋を解くようにしていますが、さびた機械を回しはじめる時のように、頭の中がキーキー言って大変です。

 大会は、力を出し切れるように頑張りたいと思います。



お久しぶりです。
ブログは更新していませんでしたが、将棋は惰性で続けておりました。
来年の将棋倶楽部24名人戦も、きっと出ると思いますので、よろしくお願いします。


これを期に、ブログもほそぼそと更新していけたらと思ってます。


さて、表題の本。
加藤先生と言えば、神武以来の天才とうたわれたイケメン青年時代はともかく、今は、もっぱらその奇行がフィーチャーされる、生ける伝説と化した人。
その人が本を書きました。


こう言っては失礼だけれども、何か得ようという目的ではなく、面白いひふみんを再確認しようという、ふざけた気分で本書を手にとったわけです。


読後。
忘れていた加藤先生の偉大さを再認識することになりました。


「自分の主張を通そうとするのは、『絶対に勝つんだ!』という強い意識の表れである。『相手がそこまでするのなら、まあいいか』と引いてしまったら、その時点で優劣というのか、上下関係が決してしまう。だから、勝負師たるもの、それが盤外戦ととられようと、主張すべきところは絶対に主張すべきなのである。」(P116)


電気ストーブを置く位置のこだわりも、エアコンの設定温度合戦も、盤の位置の調整も、すべて、自分の力をより出し切るための準備なのです。
勝負師としての生き方を貫けば、当然の帰結であって、勝利への鬼気迫る執念を感じずにはおれませんでした。


将棋盤の位置を直したい加藤先生、直したくない対局相手。
立会人の「ここは先輩である加藤先生の顔を立てて、今回は盤の位置を直してはどうですか?」という仲裁で丸く収まりそうになった時に、加藤先生は決然と「対局場に入ったら先輩も後輩もないし、四段も名人もない」と宣言して、結局くじ引きにしました。
自分が少しでも有利に対局を進めるためには少し奇異に思われても自分の主張を貫かねばならない、と自らに課す一方で、対等な立場で対局相手を尊重する姿勢がとてもさわやかでした。


それから、加藤先生は、自分と死闘を演じた相手はもちろんのこと、羽生世代のような若い世代のことも、ほめます。
そこには老人の愚痴などなくて、若い世代からもどんどん吸収していこうとする、柔軟でみずみずしい感性と謙虚さを感じました。
この年になってもなお、戦い続けられる秘訣がそこにあるのかもしれないです。


加藤先生はとても謙虚なので、相手のいい所がキラキラと見えるのだと思います。
ひるがえって、その眼で我が身を見つめると、自分も今までの戦いの中で勝ち取ってきたたくさんのキラキラをまとっているのにきづきます。
そうして、加藤先生は、人をほめるのと同じだけ、自分もなかなかのものだということを主張します。
加藤先生の自慢話しは、対象が自分であっても、すごいと認めざるをえない部分をほめているだけなので、自慢話しなのに、聞いていて嫌な感じはしなくて、むしろこの辺が加藤先生のチャーミングな部分なのかと思いました。


神武以来の天才は、老いてなお衰えることがないのだと、この本を読んでいて感動しました。


タイトル。

今さら感ありますね。


詰将棋、大切だと思います。

将棋って、見た局面のまま指す、というケースと、深い読みを入れて指す、というケースがあると思うんです。

昔、羽生さんが言っていた「晩年の大山さんは、あれは、読んでないですね」という趣旨の発言があるけれども、凡人は、読んで読んで読まなくてはいけないの。と、思います。


詰将棋を解くというのは、読む、ということのトレーニング。

読むということを習慣づけるためのトレーニング。


全然わからない問題を、苦しみながら説くというのは、つらいですけれども、これが勉強、という感じがします。



将棋を始めた頃は、居飛車を指していました。

それから、紆余曲折あって、四間飛車を指すようになって。

最近は、右四間を指したいけれど、そうならなくて四間飛車や、相振りなんかを指しています。


で、まあ、一言で言うと、飽きたの。

四間飛車、藤井先生の本を勉強しなきゃと思ってしてなかったり、相振り飛車、藤井先生の本を勉強しなきゃと思ってしてなかったり。


居飛車を指してた頃は、相居飛車になると、どっちもおんなじような形になって、それが嫌だったの。

でも、結局最近は相振り飛車になって、おんなじような形になるから、居飛車を回避しても意味ないような気もしますの。(ちゃんと勉強していないから、定跡すらよくわかっていないのだけれど)


右四間は型にはまれば、圧勝できるから、ああいう特殊な戦型は大好きなんですけど、一つ、オーソドックスな戦型を手に入れたいと、そんなことを考えています。


じゃあ、今、少しは指している四間飛車を勉強するのが一番いいと思うんだけど、なんというんだろうか、せっかく勉強するんだし、最新の戦型とか、飛びついてみたいと思っています。