将棋を指してて思ったことなんですが、将棋が楽しい時、楽しくない時ってあります。
それは、自分にも原因があるのですが、意外と相手にも原因があると思うんです。
今朝、対局したら、中盤の仕掛けのあたりで、相手が長考。
そして、こちらは読み筋だったので、すぐに指し、相手がまた長考。


もともと相手は10分くらいの持ち時間が残ってたはずなのに、時間切れ負けで勝ちました。
こんな勝ち方してもうれしくないし。
まあ、今回のケースは論外としても、相手が強いと、こちらもそれに引っ張られて、いい手が指せるというのがあります。
普通の対局で、「この詰めろを外されたら、どう攻めればいいのだろう?」と考慮中に、詰めろ見逃しの手を指されて勝ったりするわけですが、相手が強いとしっかり対応してくるので、次の手はどうする?その次の手はどうする?とどんどん頭がフル回転して、将棋も充実したものになるんだと思います。
だから、駒落ちでやる、プロとの対局とかは楽しいんだろうなと思うのです。


ところで、昨日、大学時代の親友の結婚式のため、静岡まで行ってきました。
30歳過ぎたあたりで、男の人は、何か決めることがあるのでしょうか。
今、まわりは第二次結婚ブームですね。
(第一次結婚ブームは、できちゃった婚が主流でした(^^))


ここで、昨夜の話し。
最近、週末になると一緒にご飯を食べにいく女の子がいるのですが。
(以前、コメント欄で「不思議ちゃん?」と聞かれましたが、どちらかというと「痛い子」です。)
昨日は静岡にいたので、ご飯、食べに行けなかったんです。
幸せな結婚式、楽しい仲間、ホテルに戻って一人ポツン。
寂しいじゃない、ねえ?
その女の子に思い切って電話をしたんですが、夜の12時前という時間でもあり、出なかったんです。


で、1時間くらいテレビを見て、そろそろ寝ようと思っていた時に電話がかかってきたのですね。
女「もしもしー。何の電話でしたかー?」
僕「あ。いや。用という程の用でもないんだけど」
女「えっ?用もないのに電話なんてしないで下さい。気持ち悪い」


頭の中真っ白になりますよね?
31年間、いろんなことを言われながら生きてきましたが、さすがにトラウマ級でした。


で、ちょっと考えたことがあります。
僕、見た目があまりよくない分、口でカバーしてきた部分があって。
自信という程でもないですが、特に1対1でのコミュニュケーション能力は高い方だという自負があります。


でも、この女の子の時は、うまく言葉が出てこない。
普段は、女の子相手でも割と気さくに話しができるのに。
意識しすぎているからだな?というのが、結論だったのですが、昨日、たちまちにして悟ったことがあります。
それは、僕が、うまく話しをしてると思っている相手は、実は、相手も、うまくコミュニュケーションを取れるように努力をしているということなのです。
2人しかいなかったら、関係をギクシャクさせないためにも、円滑なコミュニュケーションを取れるように、お互い考えるじゃないですか?
その相互努力が成立しているからこそ、話しをできるし、聞いてあげられるのだと思いました。


しかるに、この子には、それがない。
愛情だか、友情だか、ナニ情だかわかりませんが、とにかく僕から相手への一方通行なんですよね。
なるほど、これは、うまく話しもできないわけだわ、と、思いました。


将棋は一人でやるものではなくて、二人でやるものです。
片方だけが充実していても、名局は生まれないんですね。
しかし、将棋を指す時の片方は常に自分なわけだから、自分は、目の前の一局を、真剣勝負の一局として、指し続けていきたいと思います。


ただ、将棋と違って、うまくコミュニュケーションが取れない相手、嫌いじゃないです。
むしろ、打てば響くような人よりも、まったく理解に苦しむ相手の、ほんのわずかな部分、何かがわかった時の喜びの方が大きかったりします。
最近、好きなタイプは「ツンデレのデレ控えめ」と一言で表現できるようになりました。
時代の変化で、ニュアンスの違いを的確に表す言葉がたくさん発明されて、便利な世の中になったと思う次第であります。