今日は、谷川九段vs藤井九段のA級第3回戦です。
藤井九段大好き人間の僕としては、この日のために、毎月525円ものお金を垂れ流すように課金しているわけです。
さて、この記事は、お昼休みの浮ついた気分の時に書いております。
持ち時間各6時間。
朝10時対局開始。
昼食休憩時(12時。対局開始から2時間後)の局面。
すごいよねー。2時間かけて19手だよ。
しかも、こんな序盤で。
プロ将棋ってさ、プロ野球とかプロサッカーとかみたいにさ、社会にダイレクトに貢献しない、虚業産業なわけですよ。
彼らが、モノやら(直接貢献する的な意味での)サービスとかを提供しなくても食べていけるのは、周りで支える人がいるからであって、そういう人たちが必要なわけであって。
野球とかサッカーは、企業がスポンサーについて、巨大な利権が背後で動くのに、将棋は、瀬川四段がNECの企業所属棋士になったのがはじめてのケースらしくて。
まあ、従来は、新聞社が安定支援者であったわけだけれども、将棋の中継がネットでダイレクトに行われるようになれば、いずれ高いお金だして新聞社がスポンサーになるケースは減るかもだわね。
その時に、じゃあ、愛棋家たちが、お金を出し合って、棋戦を支えていけるかというと、それも難しいと思うのよね。
名人戦は、今は見るのに、お金を払わなくてはいけない。
と言っても、一人年間6,300円です(525円(税込)×12ヶ月)。
どれくらいの収入があるかわかりませんが、ネット中継の諸設備の維持費、人件費、とか、考えると大してプラスになってないんじゃないですかね?完全に推測ですが。(6,000円×500人でも、一人分の人件費にもなりませんのよ)
それで、新聞購読にどれほど貢献するかというと、ただでさえ、紙からデータの時代ですしね、難しいよね。
いずれね、こういう棋戦は、少しずつ減って行くような気がします。
時代の流れとしてですね。
ただ、まあ、こういうプロ棋士にお金を与えて、「こころゆくまで対局に没頭して下さい!」
という意味で、棋戦はなるべく存続した方がいいと思うんだよね。
日本が貧しい国になりかけているので、将棋なんてしてないで働きなさい!この非国民め!というのが社会の声かもしれないけどさ。
そんなことを考え出したのは、前々回の名人戦7番勝負(羽生名人vs郷田九段)第4局。
持ち時間各9時間(2日制)
1日目封じ手前の局面(消費時間 先手羽生名人4時間10分 後手郷田九段4時間8分)
もう、1日かけて、あんた達何やってたのさと。
でも、この人たちに、こういうことを1日も2日もやらせることができるのも、ある意味での社会の豊かさというかの尺度なんだろうなあと。
全体的に脈絡がないですね。
お昼休みに、ヴワーっと書いたので。

