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追憶ー2

ハリウッド映画「追憶」が大好きでそこから題名を!映画「追憶」が1ですので「追憶ー2」としました。
ロバート・レッドフォードとバーブラ・ストライサンドの永遠のラブロマンスの1973年のアメリカ映画です。

6月5日 土曜日 曇り

 

ただいま~~

 

ワクワクしながらチェックした当落はものの見事に外れ!!

 

グンちゃ~~ん!生でお話の時に当ててCri~

 

あわわで終わってしまいそうですが・・・

 

100名の皆様おめでとうございます!!ふんわりリボン

 

 

 

 

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「僕は猜疑心が強かった」ーー除隊から1年、

 

チャン・グンソク、抱えていた双極性障害、再スタートを語る

 

6/5(土) 17:39

 

イケメン韓流スターとして“グンちゃん”の愛称で親しまれ、本国のみならず、

 

日本でも大きな支持を獲得したチャングンソク。5歳から子役として活躍し、

 

2018年には双極性障害(躁うつ病)を抱えていることを告白した。

 

人気絶頂のタイミングで“社会服務要員”として芸能界から離れ、

 

2020年に活動を再開。「芸能界にいたときは猜疑心が強かった。

 

ですが、芸能界を離れて一人の人間として扱われることで徐々に

 

自分の心が変わっていった」と語る。

 

除隊から1年、これまでの軌跡とこれからの思いを聞いた。

 

(取材・文:桑畑優香/Yahoo!ニュース 特集編集部)

 

夢だった東京ドーム公演、そして双極性障害の発症

 

「朝早いかって? いや、大丈夫です。30分前に起きましたから」  

 

午前10時。チャン・グンソクは、ちょっぴり眠そうに目をこすりながら、

 

日本語でジョークを飛ばした。黒のキャップとフーディーにすっぴんの素顔、

 

そして変わらぬ低い声。ソウルと東京を結ぶリモートインタビューの画面に

 

映る姿は、驚くほど自然体だった。   

 

“社会服務要員”として兵役終え、2020年に再始動したチャン・グンソク。

 

5歳から子役として活動していたが、スポットライトを浴びたのは、10年前だ。

 

ブレークのきっかけとなったのはドラマ「美男<イケメン>ですね」(2009)。

 

同作の主人公と重なるオレ様キャラで人気を博し、自ら「アジアのプリンス」と

 

称した。巧みな日本語を武器に「笑っていいとも!」「徹子の部屋」など

 

日本のバラエティー番組にも登場、さらに、歌手として日本デビューするや、

 

オリコン・シングルランキングで初登場1位となり、その後も

 

ドラマやライブツアーで、万能エンターテイナーぶりを発揮していた。    

 

だが、人気絶頂の陰で、精神的な病を抱えていた。

 

双極性障害(躁うつ病)を発症したのは「中学生のころからの夢だった」と

 

いう2011年の東京ドームの単独公演を成功させた直後のことだった。  

 

「東京ドームでの公演が終わって、ライブの次の日に朝起きて、なんか

 

寂しい気持ちになったんです。『これ、何?』って。僕の今の感情は何だろうと。

 

とりあえずホテルから出て、スタッフと外にでかけました。

 

刺激を感じたかったので。人生の夢を現実にしてしまって、いまからどうしようか、

 

どんな未来があるか。そんなことを考えていました」

 

入隊も双極性障害の発表も、突然だった。  

 

「チャン・グンソクは兵務庁の身体検査で『双極性障害』により4級の兵役判定を

 

受けました。これにより、社会服務要員として2年間代替服務する予定です」  

 

2018年7月6日、所属事務所が公式コメントを発表。

 

さまざまな臆測が飛び交うなか、メディアやファンの前に姿を見せることもなく、

 

そのわずか10日後に静かに入隊した。社会服務要員とは、軍以外の

 

公的機関に配属される者のこと。

 

徴兵検査で医学的に現役(陸軍、空軍などの兵士)として服務が不可能とされたり、

 

家族に戦没者がいるなどの事由を抱えていたりする人が対象となる。

 

社会服務要員として入隊する芸能人も少なからず存在するが、兵役判定の

 

理由が双極性障害だと明かすケースはごくまれだ。  

 

 「『双極性障害で社会服務要員として入隊する』と事務所として公式に

 

発表しました。僕はあまり気にしなかった。ウソじゃないから、仕方ない。

 

それも人生。そういう気持ちでした。以前から、僕は誰かから質問されても

 

全然大丈夫だし、正直に言うねって感じだったけれど、あえて聞く人はいなかった。

 

舞台の上やカメラの前ではパフォーマンスに集中しなければならないし、

 

『つらい』と言うとみんなが心配してしまうので、20代のときは公の場では

 

一度も話したことはありませんでした」

 

明かして気持ちが軽くなったかとたずねると、静かに首を横に振った。   

 

「同じです。周りの仲のいい友だちは、みんな知っていました。

 

『僕は来年軍隊に行くけれど、双極性障害を患っているので、どうなるか

 

わからない』と話すと、『チャン・グンソクだからしょうがない』って

 

冗談っぽく返してくれて。ありがたかったですね。

 

すごくシリアスに『心配してあげる』と言われるのは嫌だったから」

 

“軍人”のチャン・グンソクとしてなんでもやった

 

配属されたのは、ソウル消防災難本部だ。自宅から自分で車を運転し、

 

朝9時に出勤して夕方6時に退勤する、彼が「サラリーマンみたいな」と

 

表現する規則正しい日々。経験したのは、芸能界とはまったく異なる世界だった。   

 

「エクセルで数字を入力しました。やったことありますか?あれはサイアク!(笑)。

 

あとは掃除をしたり、扇風機50台を運んだり。皿洗いもやりました。

 

僕の部署は決まったルーティンはないんです。出勤するといつも緊張しながら

 

待っていて、電話で『おい、チャン・グンソクくん、こっちに来い』と言われたら、

 

『はいっ!』って駆けつける。何でもやりました。

 

僕がそれまで30年近くやっていた仕事とは全然違ったんです」

 

職場にいち早く溶け込むべく、“芸能人のスイッチ”をオフにしても、

 

周りの人との距離を感じていた。   

 

「最初はみんなスターのチャン・グンソクとして僕に接していたんです。

 

でも、毎日会って会話を交わしていくうちに、だんだん軍人として出勤する

 

チャン・グンソクに変わっていきました。軍人として接してもらえるように

 

なってから、会話ができるようになった。

 

1カ月経ってやっと親しくなって、それぞれの人の話を聞くようになって」

 

訪れた気持ちの変化

 

間近で「一般の人たちの日々」を目にすることが、気持ちに変化をもたらした。   

 

「消防災難本部で僕を担当していた4つ年上の部長の夢は、1カ月に一度

 

ゴルフに行くこと。その隣では株に熱中している人もいました。

 

株とかビットコインとか、好きな人が本当にたくさん。驚きました(笑)。

 

それぞれが好きなことを持っている。そういうことを知るのが楽しかった。

 

もともと僕は、僕が世界の主人公で最高だという気持ちがあったんです。

 

でも、兵役で気づいたのは、誰もが自分の世界の主人公だということ。

 

だから毎日頑張っているし、意味があるのだと思った。隣の人の心を理解する。

 

少しだけかもしれないけれど、小さな習慣が変わって僕の気持ちに余裕ができた。

 

考え方自体が元気になったんです。ネガティブからポジティブに」   

 

インタビュー中、日本語でなめらかに言葉を紡いでいたが、一度だけ、

 

「ああ、これは韓国語で答えてもいいですか。具体的な話だから」と

 

韓国語で語ったことがある。上記の話の流れで、「『考え方』とは? 

 

どのようにネガティブからポジティブになったのか」と問いかけたときの

 

ことだった。

 

「もともと僕は、疑い深い人でした。僕がいた世界には、いい人もいるけど

 

悪い人も多い。だから、いつも相手を疑いながら、自分が傷つかないように

 

心の扉を閉じてきたんです。ポジティブに変わったのは、

 

消防災難本部のように、世の中にはいろんな人がいるって知ったから。

 

いろんな人を見ているうちに、いい人だとか悪い人だとか、

 

僕が判断する基準はないと気づいた。

 

僕と合うか、合わないか。それだけ。

 

自分がその人を信頼できるかどうかが大事だと思うようになったんです」    

 

こみ上げるものを隠すように両手で鼻の周りを覆い、

 

さりげなく顔を斜め上に向けた。

 

今の韓流ブームに何を思う?

 

除隊から1年。5月26日に明るいミディアムテンポの日本語曲「Emotion」を

 

発表してアーティスト活動を本格的に再開した。

 

「本能のままで身を委ねなよ」という歌詞は自ら手がけたもので、

 

「ありのままのチャン・グンソクを表現したらセクシーになった(笑)」。

 

リリース日はBTSの「Butter」とわずか5日違いで、くしくも韓国の新旧トップ

 

アーティストが競演する形となった。自身が表舞台から姿を消している間に

 

ワールドスターになったBTSという存在を、どんな思いで受け止めているのか。   

 

「僕もARMY(BTSのファンのこと)です(笑)。10年前、日本で活動していたときは、

 

少し寂しかった。一緒にお酒を飲んでくれる芸能人も少なかったから。

 

いまはK-POPがはやっていて外国で活躍する韓国の芸能人もますます

 

増えました。この時期に復帰したのは、すごくいいタイミングだと思いますね」    

 

さかのぼれば、日本の韓流ブームに火をつけたのは、2004年にNHK地上波で

 

放送されたドラマ『冬のソナタ』のペ・ヨンジュンだった。

 

チャン・グンソクは自分がヨン様に続く第2次韓流ブームの立役者となった理由を

 

「ドSなキャラクターのせい」と分析する。

 

「ペ・ヨンジュンさんは韓国人の男性のイメージを、すごくやわらかい優しい感じに、

 

完全に変えました。そのあと、いきなりチャン・グンソクという人間が出て。

 

優しくないんですよ、全然(笑)。やんちゃで、アイラインとかしていたし、

 

髪の毛も長かった。新しい韓国の俳優のイメージを見せる役割を、

 

僕がしていたのかな、と思います」  撮影:Scott Jung  「あのときのキャラクターは、

 

演じていた部分とありのままの自分、両方があった。

 

でも、もともとの性格がベースになっていたと思います。子どものころからずっと、

 

親に『ウソはバレる』って言われてきて、その言葉が好きなんです。

 

キャラを作っても、ウソだったらバレる。ドラマやパフォーマンスのときも、

 

チャン・グンソクらしくないと。

 

インタビューだって、ドSじゃなくて、『あー、すみません』ってこうしたら

 

(と立ち上がって頭をペコペコ下げる)、おかしいじゃないですか」 

 

チャン・グンソクにとって日本は「自分の限界を突破させる場所。

 

もっともっと強くしてくれる存在」だという。

 

兵役とコロナ禍で3年間来日が不可能ななか、Netflixで日本の映画を見て

 

日本語に触れている。これからの取り組みについて

 

「実は、料理のコンテンツを準備しているんです。SNSで使っている

 

ヤメシェフっていうニックネームはサブキャラ。チャン・グンソクとして音楽、

 

それからシリアスなラブストーリーも演じてみたいですね」と答える。   

 

入隊前に、うなぎ(ファンのこと)に直筆の手紙で「浮気したら殺す」と伝えた

 

チャン・グンソク。インタビューの最後に

 

「いまうなぎたちに贈りたい言葉は」とたずねると、「ちょっと時間ください」と

 

斜め上を見ながら考えること約2分。  

 

「じっと待ってろ。俺が会いに行くから!」と、破顔大笑。   

 

いたずらっぽい目は、10年前の来日記者会見のときとちっとも

 

変わっていなかった。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

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兵役終了も復帰作はまだ…

 

チャン・グンソクは再び時代劇に主演するのか 

 

2021/6/5

 

チャン・グンソクは兵役が終了してから1年ほど経過しているが、

 

まだ復帰作には取り組んでいない。

 

今後の自分の道をじっくりさぐっているのかもしれない。  

 

そうなると、彼の今までの作品をつい思い出してしまう。キラ星のごとく

 

多くの作品があるが、時代劇としてとても印象深かったのが

 

『テバク~運命の瞬間(とき)~』である。  

 

このドラマでは、チェ・ミンスが粛宗(スクチョン)を演じていた。

 

今までに粛宗を演じた俳優はとても多いが、名優のチェ・ミンスが

 

演じると迫力がすごかった。まさに、

 

鬼気迫る緊張感でチェ・ミンスは粛宗になりきっていた。

 

ダイナミックな役 この粛宗には仁顕(イニョン)王后という妻がいたが、

 

寵愛していたのが淑嬪(スクピン)・崔(チェ)氏だった。

 

彼女は『トンイ』ではハン・ヒョジュが扮していたが、『テバク』では

 

ユン・ジンソが演じていた。  そして、淑嬪・崔氏の息子がいずれ21代王として

 

即位する英祖(ヨンジョ)である。

 

『テバク』ではヨ・ジングが颯爽と演じてきっていた。  

 

この英祖は1694年に生まれているが、実は彼には兄がいた。

 

それが、淑嬪・崔氏の長男になる永寿君(ヨンスグン)だった。  

 

粛宗もその誕生をとても喜んだと伝えられている。しかし、わずか2カ月

 

あまりで早世してしまった。「永寿」という名前とは、まったく逆の結果になったのだ。  

 

ところが、永寿君は亡くなったわけではなく、事情があって捨てられて

 

市井で育てられた、という設定になっていたのが、『テバク』というドラマだった。  

 

そして、チャン・グンソクが、永寿君から生まれ変わったテギルという

 

主人公を演じたのだ。天才的なイカサマ師のテギルが英祖と壮絶な

 

戦いを繰り広げるというのが『テバク』の見どころであり、チャン・グンソクと

 

ヨ・ジングの演技対決がスリル満点に展開されていった。  

 

チャン・グンソクには、再び時代劇に出て『テバク』のテギルのような

 

ダイナミックな役を演じてほしい。かならず、盛り上がるに違いない。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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choichulho1999 IG

 

 

 

 

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