2月16日 火曜日 晴れ
運動へ行ってきま~~す!!
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♥新しいVOYAGEの始まり♥yoko장근석ZIKZIN@sanda0712
2/16のランチ 菜の花のチーズ焼き+豚肉・法蓮草・エリンギソテー +プチトマト+沖縄もずく 2016/2/20 ロッテホテルFM参加時に購入。 ソウル駅のVanGogh Insideで販売された アーモンドベア! 予約して翌… https://t.co/s4sMDKskYi
2021年02月16日 13:50
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장근석공식팬클럽 크리제이(CriJ)@JKS_cri_j
[사진] 2018 0116 크리쇼4 오사카 김포공항 장배우 출국 사진이 업데이트 되었습니다:) 장어님들 미세 먼지 조심하세요! https://t.co/L62B6xLDIc https://t.co/yTz5dcRgsO
2018年01月22日 13:48
訳)
[写真]20180116クリショー4大阪金浦空港チャン俳優出国写真がアップデートされました:)
うなぎさんたちPM2.5に気をつけてください。
先日素敵な写真を掲載して無かったのでUP
そして検索![]()
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本日検索中に目が留まった記事! MOVIST 2007/9/12 男の子は夢を食べて育つ。 <楽しい人生>チャン・グンソク! https://t.co/tans7fNbJJ ロングインタビュー! 今から13年半前の若干20歳の… https://t.co/PTysK5FuU0
2021年02月16日 14:49
少年は夢を食べて育つ。<楽しい人生>チャン·グンソク!
2007年9月12日
音楽好きですか?
とても好きです。
どんな部類の音楽を?
特に決めることはないが、、エレクトロニカやDJプレイ、音楽を主に好きです。
<楽しい人生>を撮りながら、バンドの音楽を盛んに狂ったように聞いた。
事実、電子音楽に対する拒否感があったら<楽しい人生>ができなかったと思います。
ジュージューと焼けたようなエレキギター音に耐えがたかったはずだから。
もちろん、年齢を考えると、最初に、そうではないだろうと判断したりもしたが、
好みはそれぞれ違うから。
事実、音楽に対する先入観は大きくないのでもしロックでなく他の音楽だったとしても
構わなかったと思います。一応バンドという枠組の中で、それぞれのキャラクターが
一緒に呼吸できる機会がとてもたくさんありました。
バンドというのは一人で音楽を作ることではないから。そして私がとてもよかったのは
先輩たちと監督間の信頼関係がとても大きく育てられた状態で作品に参加したので、
全く負担感を感じられなかったようです。
まるでバンドが一つの家族のように感じられましたよ。
ところで、他の三人の俳優と一人世代の違いが大きいけれど、
そのような差を克服することが専ら簡単ではなかったようだが、どう克服しましたか?
一度、そのようなきっかけを先輩たちと監督が作ってくれたようです。
あえて見上げてみないようなに先輩たちと一緒にいるようになった新人の立場であるため、
受け入れの姿勢と防御的な姿勢が一緒に現れたと思います。
先輩だから、当然行儀よくしなければならない関係、言い換えれば、
気楽に振る舞えない関係だから。
ある程度距離を縮めることが難しい?
はい。実は私も最初はそのことに対する心配をたくさんしました。
それを 破って下さったのが先輩たちと監督です。一緒に楽器演奏して、
一緒にお酒を飲んで、一緒に夜を明かして、そんな関係が、単に撮影という
目的のためだけでなく、撮影が終わった後にも続きました。
朝から半ズボン姿にスリッパで一緒に会ってご飯食べに行って、
まるで本当に隣に住む近所の友人のように、一人のメンバーになりました。
そのくらいチームワークがとても良かったようです。
楽器演奏も演奏が、ボーカルも印象的だったと思います。
美声が出そうな容貌で、グランジ(grunge)風のボーカルが出て驚いたんですよ。
一応歌は以前からずっと学んで練習していました。
敢えてぼくのアルバムを出したいという目的からではなく、俳優が持っていなければ
ならない様々なテクニックのうちの一つだと思ったからです。
それだけでなく、他の楽器も習っていたし、そういうことが<楽しい人生>を通じて
たくさん役にたったように思います。そして喉を潰す歌い方の場合、音楽監督と研究をしました。
もともと私が歌ってる時、重低音だが、それをもう少しラフに、とてもラフな音楽と
マッチさせるためには何かバリエーションがなければならないようでした。
それで喉を潰す歌い方で歌う練習をしました。
それではそのボーカルはわざとしたのか?
そのとおりですよ。 わざと。 もちろん、もともと歌を歌うときはそんなにまではしないが、
映画ではもっとタフな感じを与えるために撮影しながら設定のためにずっと
啓発をしただけです。
正直に俳優として演技をするのではなく、まるでバンドをオープンした
感じだったような気もします。音楽を好きなこれとして音楽映画って嬉しかっただろうし。
正直、そのまま何も考えずに学びたかった欲が大きかったですね。
たびたびある記者の方たちは、第2のイ・ジュンギになるかも知れないという評価も
たくさんしてくれてそんな期待感について問うこともしていますが、それよりも、
私はただ何かを習いたいというきっかけが最も大きかったようです。
おかげで、楽器をもう一つ学べるようになり、その他にもとても多いものを得た作品でした。
事実、ギターを握って舞台に立った姿をスクリーンで見ることができた機会は
さらに先にあったはずなのに、<ドレミハソラシド>が予定よりも押されなかったら。
まだ公開日を定めずにいると知っているが、それに対する惜しさがあるようですね。
すごく残念でした。とても熾烈に準備してたし、熾烈に撮影しましたが急にストップに
なってとても残念な状況でした。実は私に<ドレミハソラシド>は韓国で初めて映画を
まともに作業できたきっかけでした。しかし、予想していなかった状況にびっくりしました。
その時のスタッフや俳優たちとはまた会います。
もちろん、映画が、今年、クランクアップし、今、ひとまず進められているから上手く
いくといいですね。みんな一生懸命に頑張って作ったから。
元々ギターは門外漢だったんですか?
もちろん、それ以前にも少しずつは手に触れることはしてたが、このくらい上手に
出来るようになったのは<楽しい人生>しながら覚えたおかげです。
指に水ぶくれもたくさん出来たでしょうね。
最初はたくさんできたが、後日にはたこに変形されました。
それで後日には何も感じないようになるが、そのような過程が何度にわたって
繰り返されます。 後日にはかたいたこを見るたびに満足になったりしました。
ところでまだ若い年なのでそのようなギターを学ぶ課程が楽しく感じられた
可能性もあっただろうが、他の三人の俳優さんらは年齢もある方なので
苦労したように思うが、隣で見守っててどうでしたか?
一度大変なのは事実でした。私だけでなく他の先輩も同じだったようで。
それぞれ楽器というのに対して慣れた人もいる反面、慣れない方もいたし、慣れているを
離れてそれをちゃんと演奏するほどの実力は私を含めて全員なかったから。
ところで私たちが撮影前からチームワークを固めることができた契機に楽器練習室で
1日7時間から8時間ずつ一日中閉じ込められて練習したおかげではないかと思います。
練習を1時間ずつ加えると、それだけもっとうまくできるだろうと思いましたが、
これがまた継続してみるとさらにダメでした。そのようなストレスがたまって途中で
練習室から出てタバコ吸ってうずくまって座ってため息を吐いている時、先輩たちも
横で一緒にそんな経験をするようになるのです。
共同体を感じたとしなければなりませんか?もちろん、私が見るにはすごく難しかった
先輩たちだったが、一緒にこんなに0という数字から出発して何かを創作しているという
事実だけで楽しい作業でした。そして練習終わったら一緒にご飯食べに行ってお酒も飲んで。(笑)
ところで名声がたかい監督と実力を認められている先輩俳優の皆さんと
一緒だという事実が負担になかったんですか?
負担感はもちろんありました。学びたくて開始したが、その計画をどのように引き継いで
いかなければならないか、比喩をすると水と油の性格を持った俳優さんがそんなに
一つになった過程がとても気になりました。 それで「私は何をすべきか?どのように
先輩たちに、より近づいていけるか?」こんな悩みを盛んにしたときに、先に先輩方が
心を開いてくれました。事実撮影前に出たシナリオ初版本とスクリーンに出てくる
完成されたフィルムの50%がちがってます。
ところが、その50%を弄って、新たに設計していく作業を私達が一緒にやって面白かったです。
監督ら、シナリオ作家、演出部スタッフだけで参加したのではなく、俳優たちまで
直接参加して各自のアイデアがどのシーンに反映されたりもして、なかったシーンが
生まれたりもして、そのような設計の過程を経て、お互いに対する信頼や信頼が
とても大きくなったようです。
それが結局はチームワークを固めたり、世代間のギャップを縮めることができる最も
大きな要素になりました。もちろん楽器もとても重要だったが、先刻申しあげたように
練習がうまくできないと外に出て一緒にぼやいて仲良くなって一緒にお酒一杯飲むようになって、
そうしながら自然に酒と共にする話が交わされました。
人生でも、映画とか、こうしたことに対する互いの考えを自然に分けることができた
時間が多かったようです。
映画が、ひょっとしたら人生について真剣に考えて見られる機会になったようです。
実はまだ人生はよくわかりません。ただもう<楽しい人生>をしながらも、
一つの夢ができました。私が20年後に、30年後にもあんなに幸せな人生を生きていたら
良いという。それでも、一つに悟ったのは、私はすごく幸せなやつだということ。
実際以前はどこでも'私はとても幸せな生を暮しています'と言える自信があるというのが
大好きです。もちろん、それ以前まではとても熾烈で忙しく生きてそんなものをちょっと
わからないように買ったようなのに、<楽しい人生>をきっかけに再び私を振り返って
見られる機会が多かったようです。
事実<楽しい人生>前と比較するとかなり成熟したという感じがしました。
事実以外の姿はよくわかりません。むろん、どの新しい私の姿が変わったことを
感じていましたよ。幼い頃はとても明るくてかわいいイメージや明るい姿が多かったが、
大きくなるにつれて、ある瞬間、そのような姿がたくさん消えたようです。
<楽しい人生>の撮影後、ヒョンジュンの感性を見た時私にもあんな姿があるということを
分かるようになったんです。最も重要なのはもう<楽しい人生>をしながら俳優として
成熟することができるきっかけがとても大きかったという事実です。
実は私が俳優だと意識を持つようになったのはわずかばかりだったんですけれど。
その前までは、<ノンストップ>なんかした時までもただ私は芸能人でただ人々が
調べてくれてそれで私はとてもすきだ、幸せだ、このような漠然とした考えほどでした。
そしてスランプが一度あったし、その後に<ファン・ジニ(黄眞伊)>することになったのだが、
その時から初めて俳優という概念を持つようになったようです。
事実、アイドルのイメージが強いと思っていたが、<ファン・ジニ(黄眞伊)>と
<楽しい人生>を経て、突然大きくなってしまった感じでした。
今、自分自身にそれなりに重要なターニングポイントだと感じましたか?
私は今年始まる部分です。私が何か私の業績を残しそうなすごいことを見せてくれた
わけじゃないから。ただ、<楽しい人生>が私が俳優ということを知らせてくれた、
そのような事実を引き出した作品であるようだし、自信感を抱かせた作品だという点で、
今が成熟した俳優になるためた初期の過程だと思います。
事実それなりにもうデビューして約10年目になっています。 それでこれからはベテランと
おっしゃってくださる方たちもいるが、それにはMCやラジオDJのような放送を
長くしたおかげで、聞く話であって、実際に俳優として演技する時は今まさに足の指を
ぴくぴく動かした赤ちゃんだと思います。
(指を足の指のようにぴくぴく動かしながら)私はまだもっと学ばなければならない、
<楽しい人生>を通じてはとても多くのことを得ており、これからが重要なようです。
後の(<楽しい人生>ポスターの)税の俳優はそんな初期に多くの助けになるはずだが、
それぞれどんな面で役立ったようですか。
ひとまずチョン・ジニョン先輩は何というか。 とても大きな、つまり広範囲な部分で私に
とても良い話をしてくれたようです。演技と、映画、俳優のような専門的な助言だけでなく、
人生において追求すべきことをたくさん教えてくれました。
とてもよかったのは私はまだ人生を語るには、とても子供ですが、私が追求したことを
申し上げますと'そうではないのだ、間違ったんだよ'としなかったです。
それを受け入れて、また、そこに対して付け加えておっしゃられたりしましたよ。
キム・ユンソク先輩はお言葉が多いことはありません。 自らが後輩に特別な助言が
上手でないのに私に初めてたくさんしたとおっしゃいましたよ。
俳優が持っていなければならないテクニックやそれを分析してすべきなものなど、
俳優として構成を整える最も基礎的なことを助言して下さいました。
キム・サンホ先輩は私がもう少し正直になれるように助けてくださりました。
その中で全くしょげないように‘君のしたい通りにして。 兄はお前を信じる。’としながら
私をとても率直な人間と信じて眺めて下さったし、作品内でも実際にそんなに
助けてくださりましたよ。
ひょっとしてあの三人の俳優のうち俳優として自身の理想だと挙げることが
できる俳優がいましょうか?
ところであまりにも細分が優れていた方々だと必ずとって話すことは大変だが。
いや、間違います! みな! それぞれ魅力がみな間違いますね。チョン・ジンヨン先輩の
ような場合はとても知識も多くて率直ですけど、知識をぺっと吐き出しているスタイルはなくて、
私の言うことがとても感性的に受け止めることができるそのような方です。
知的でもすごく感性的な人間だと思います。それでとても率直な姿も多くお会いできたし、
私に良い話もたくさんくださったし。ユンソク先輩はとてもセクシーです。
そうですか?
はい。 それとなくセクシーです。 声も素敵で、背もとても高くて魅力あって。
撮影する時は盛んにチョンスンヒェ代表さん(映画会社)がチャン・グンソクと
キム・ユンソクのうち誰がもっとセクシーかと投票したりもしましたね (笑)
キム・サンホ先輩はあまりにもユーモアが多くて、いつも楽しませてくれました。
このように各自の魅力がすべて間違いです。それらを組み合わせた姿がこの子
だったらいいですね。(ポスターの自分を指して)後に2~30年後に。
ところで、イ・ジュンイク監督がキャスティングの提案をしたとき、そしてその前に
すでにキャスティングされたという先輩俳優たちを見たとき、自分をなぜこの間に
挟まって入れようとするのだろうかという疑問を感じなかったんですか?
今も聞きますよ。(笑)実は私の年齢で立派なビジュアルを持っている俳優さんが
とても多いんですね。それでどうして私を採用したのだろうか。
さっきも監督に聞いてみました。
だからそのまま'君の目がきれいで'’といわれましたよ。
それで私が聞いてみました。
監督ではもし他の記者の方たちが‘なぜイ・ジュンイク監督様映画に選ばれたこと
同じなのか、自身の魅力が何だと考えるのか’尋ねれば‘私はよく分からないですよ。
監督がシナリオを持って私の家の前で待ちました。'といってはいけないでしょうか?。
と尋ねたが、迎えるところでした。(笑)
ひょっとしてイ・ジュンイク監督の前作映画を見ましたか?
全部見ました。<キッド・コップ>まで。
その中で個人的にお気に入りの映画があるならば?
どうしても映画を見る観客の立場から重要なのは代理満足とか、共感だと思います。
私の立場から見た時、一番共感されるのは<ラジオスター>でした。
その際、<ラジオスター>を深夜映画で見てから未明にすぐ<黄眞伊撮影をするために、
地方に降りようとしたら、ずっと30年後の私の姿を思い浮かべました。
そんなに人の感情まで浸透できる映画を作る純粋な監督だと思いました。
<ラジオ スター>が共感できたのはどうしても本人が従事する業種理由だと思うんだって。
本当に私の話になるかも知れないから。実際に私もそんなことがありました。
それが前スランプと言ったが、みんなそう言ったんです。 年齢も若いやつが何の君が
スランプなのか、こんなのに。(笑) 十九歳の時、私自分がいやになった時があったんですよ。
<ノンストップ>を終えてから、いわゆる言うようにさっと浮かび上がってさっと負けましたよ。
そこで一緒にしていた人たちはとてもうまくいって華やかなスポットライトを受けているのに、
私はどこかにこんなにサイドで退いてそれを見守る立場であり。
その時、すっごい彷徨をしましたね。 私が今までやってきたことが正しいのか、
今後もこのようにしていかなければならないことなのか。
事実その当時に<ラジオスター>のようにそんなに近いマネージャーや実の兄のような
兄に会って見れませんでした。
もちろん、それがマネジメントの問題ではなく、私に何か他の理由があったのでしょう。
寂しさをたくさん感じる性格なので誰に悩みを話すこともできない。
だからもう一人で頭を下げながら通っていたが、その当時にどの瞬間ミュージカル
一本をするようになった。
もしかしたら<ヘラクレス>?
はい。もちろんそれが家族ミュージカルではあるが、世宗文化会館大劇場でさえる
大きな舞台にだったんです。 そこで公演したがその時初めて俳優にならなければ
ならないという考えを強く思いました。 人々の前で、私の感情を同化させることが
できる俳優の姿を夢見ました。
その時からもう一度熾烈に生きました。 もちろん、どんな失敗によって私が熾烈に
生きなければならなかったのではなく、私自らが私のためにとても熾烈に生きました。
その時もラジオの司会をしていたが、夜11時までラジオと、12時まで、
大学路(テハンノ)にきて夜明け2時まで授業を受けて朝学校行って、
このような生活をした5~6ヵ月近くしてもう今の夢見た大学に入って映画を勉強して、
舞台を勉強して、そうした渦中に初めて入ってきた作品が<ファン・ジニ(黄眞伊)>でした。
どうしても<ファン・ジニ(黄眞伊)>以来、人々がチャン・グンソクを俳優として
新たに認識したという気がします。
ところで、ドラマ<ホンギルドン>にキャスティングされたという知らせ聞きました。
特に史劇と縁が深いんですね。
私の外見が古典的でしょうか。(笑)事実理由はよく分かりませんが、
<ファン・ジニ(黄眞伊)>のときたくさん印象的だった部分があったようです。
本当に<ホンギルドン>という作品に渉外されたのも<ファン・ジニ(黄眞伊)>の
縁のおかげでもありますね。
<ファン・ジニ(黄眞伊)>を演出したキムチョルギュ、監督が推薦をしてくれたんです。
結局史劇の縁が再び史劇を結んだもようですね。
実際悩みをたくさんしましたね。 初めて台本入ってきた時、史劇なので色眼鏡で
見ることになったりもしましたし。<ファン・ジニ>の史劇イメージが今でもあまりにも
強く認識されているためにそのようなイメージにちょっと変化が必要ではないかという
考えをしたせいもありました。 ところが、<ホンギルドン>は<ファン・ジニ>と性格が
あまりにも違った史劇だったんです。 演出者と作者の方が典型的な大河ドラマと
無関係ないスキャンダルのドラマで有名な方々で、 何よりもキャラクター自体が
すごく気に入りましたね。とても刃がぴたっと入った悪役です。
鋭いキャラクターなのでやりたくなりました。
劇の進行中悪役に変貌するキャラクターようでした。
若干のサイコ的な容貌を持ったキャラクターでしょう。
後で王位に上がって下にある臣下を粛清しようとしてそのような性向が濃くなってきます。
ところが意外と対話を交わしてみると、若年寄りですね!(笑)
そんな事度々聞いていませんか?
監督も私にそうです!(笑)さっきも一緒にインタビューするが、
'この子は言うのが若年寄りだよ、話すのを見て。'このようにおっしゃったです。(笑)
もちろん私は私が若年寄と思いません。
しかし、ある記者の方がインタビュー後にそうされましたよ。
'チャン・グンソクと話をしてみると、彼が十歳多くなって、あるいは私が十歳若くなる'と。
同じテーマに同じ感性のような共通点を持って気楽に話できるのが
私の長所ではないだろうかと思います。
映画の中で自分の姿を見た時どんな気がしました。
実際、ヒョンジュンをもう少し引っ張り出したらどうかと思う欲がありました。
彼だから撮影しながらも、実際、監督と引き続き意見を交わしたんだけど、
私はヒョンジュン君をもっと見せてみたかったんです。
ヒョンジュン君をもっと見せたかったのに、監督は'お前は見えなくても仕方なく
配置上、君一人しかなくて見せることになる役割だ。後に観客たちがあなたを
探して見なければならない、君がそれを一部で現そうとすれば、さらに逆効果だ。
これから作品する時もやはり同じで。'っておっしゃってくれました。
その時はよく理解できなかったです。ところが後で映画を見てからその言葉が
大まかに理解できました。撮影序盤にはさらに現わしたかったが、今は監督の話が
合ったようです。最も満足を感じた部分は、舞台の上で歌う姿が私も満足だったこと
同じで満足しました。 実際楽器演奏に対する負担感のために撮影するときも長いのか
押すのかと思ったが後ほど見ると大きくぎこちないこと同じでないので幸運でした。
<楽しい人生>が自分にどんな契機になれるでしょうか?
まだ私が何かを自信を持って言える立場じゃないから簡単に言うことはできないが、
そのような過程はありました。 監督に初めてお会いした時が、私がもう俳優という夢を
ちょうど抱えてもう私が行く道を決めなければならない、まるで思春期のようにどうすれば
いいか悩む彷徨の時期でした。 監督を初めて会った時、この方は私がそんなこと
言った時とても情熱的に受け入れてくださることができる方だという気がしたんです。
初めて(インタビューが行われた)この席で会ったんですよ。この席で会って話しました。
'私は俳優にとてもにもなりたいです。今私が持ったエンターテインメントの気質を捨てて
大学で演劇舞台で、素手で一度してみたいです。ところがそのことまでは勇気が
とても不足します。'と始めました。そんなに私の気持ちの中にある真実の言葉を
たくさん出して差し上げたら、監督もそれだけ自分を見直したようですね。
単に顔だけハンサムなイケメンアイドルを考えましたが、その内面に対する共感が
できたようです。作品をしながらも話する時間がすごく多かったし、作品に対してだけでなく、
私の人生についても監督がお話をたくさんしてくれたし、それだけに、どの方向に
対する自信を得ることもしました。
演劇舞台に対する憧れがあったんですか?
あえて演劇と映画を分けようというよりはその当時は俳優として最も巡狩した
私の姿を見てみたかったんですよ。
私が画面にどう出るか、頭をこのようにしたほうがいいか、そんなビジュアル的な
シーンを基準にして評価をしたが、ある瞬間からそれらを脱ぎ捨てたいんですよ。
本当に0から素手でまた始めてみたかったです。実際にその時私の学校の同期たちが
大学路(テハンノ)の舞台に出、非常に発展した姿を見て、そう思ったからとても
混乱した時期でした。 そうだったんです。とても少しめまぐるしい時期だったが、
私は<楽しい人生>を通じてその価値に達することを学ぶことができたと思います。
演劇舞台の経験の豊富な三人の俳優に会ったのも一つの幸運と思われます。
天運と思います。実際に私と年代が似ている、あるいはもっと歳が多い他の
俳優さんたちも羨ましがってです。きみは本当に金を払っても学ぶことができないことを
学んだと、むしろ私はお金受けて習ったじゃないですか。(笑)
とにかくみんな羨ましいという言葉をたくさんされましたよ。そんな方たちと一緒に
作業をするというのは、物凄い所得がなれると。
ここで一旦UPします。
文字数制限がかかりましたので。
残りは今までと同じ位の長さのインタビューです!
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昨年5月に撮った写真


















