おはようございます!!人生に無駄は、無い!!第3弾 お付き合いください!!
続き。。
将来は、必ず社長という夢を固める
生活のために稼ぎ先が見つからず、ようやく雇ってもらった店でも、何か不都合が起きれば全て僕の
せいにされた。(今思えば髪の毛は、金髪、まゆげは、そっているし。。。見た目悪すぎか。。笑)
そんな悔しさ不満、不安を訴える人や場所は、どこにもなかった。
両親の元で普通に育ち、大学も出て、という人を基準にした世の中の仕組み
の中では、カネなし、親なし、学歴なし、の僕たちのような人間は、非常に暮らしにくい。将来への希望を捨て、努力することを放棄して、問題を起こしてしまうのも、ある種しかたがないのではないか。
だが、それでも僕は、自分の人生を諦めなかった。「悔しい」からこそ、絶対に負けたくない。見返したいという思いが人一倍強かったからだ。
僕は、発送を完全に切り替えた。自分のどん底状況、この現実を受け入れ、こうなったのも自分の運命
、誰のせいでもない。 人の運命は、変えられないが
自分の運命は、自分でいくらでも変えられる、
変えていってやろうとパワーをみなぎらせた。「絶対に出世して、世の中を変えてやる!」あの時の気持ちがなかったら、今頃は、もしかしたらブチ切れて、ワイドショーを騒がせている人間になっていたかもしれない。。
それからの僕は、出世する手順を考えた。出世=芸能人、スポーツ選手、会社社長 という図式が僕の考
えで自分が出来るのは、どれだろう。スポーツ選手は、もう無理。事故や乱闘で頭に60針の傷跡があるか
ら芸能人も厳しい??と消去法でいくと「社長」しか残らなかった。 「よっしゃ!社長になろう!」
その頃、たまたま街で声をかけた年上の美女を、暴走族仲間から譲り受けた愛車「ケンメリ」に乗せて
六甲山をドライブした。そのとき、彼女が車内で化粧直しをし始めたが、ヤンキー仕様に改造した車体の低いオンボロ車では、揺れがひどく、口紅ひとつうまく引けないありさまだった。
これを見て「不良にお似合いの車で不良生活をつずけているようでは、だめだ。社長となるべき男なら、そ
れなりの環境に見を置いて、内面的にも、外見的にももっと紳士的にそして磨かなくては。。。」
みんなに慕われ、憧れられる人柄、振る舞い、見た目。。。と、社長としてのあるべきイメージ像が、頭に鮮明に描かれていったのだ。
その日を境に、ヤンキーそのものだった金髪アフロヘアーを真っ直ぐの黒髪に戻し、不良仲間ともあっさり縁を切り、新生活をスタートさせた。
するとまともな生活を送る素晴らしさが少しづつだが見えてきた。好き勝手なことをして、遊んでばかりの生活が楽しいと思っていたはずが、普通の人は、こんな普通の生活に素朴な楽しみをみつけているんだなと。ちょっとした優しさや慎ましさ、そして我慢があるから、その先にある小さな小さな贅沢に喜びがあるのだと。
それまでの僕は、なめられては、いけないと。先に手が出ていた。深く考えずに、腹が立ったら殴る。欲という欲を即座に満たさないと我慢できない。やりたいようにしていたそれまでの生活から、少しづつ、立ち止まって考えることを学ぶようになった。
しかし、僕がいくら変わっても、世の中からの差別は何も変わらなかった。
「どんな会社の社長がいいだろう?」絵を書いたり物を作るのが得意だったこともあり、デザイナー関係を目指そうと、本格的に勉強できるデザイン学校への入学を決意した。
ところが、ところが。。どこの専門学校も入学を断られた。
高校中退という学歴が規定に引っかかるのだ。
「はぁ~~??どうしてだめなんですか?デザイナーになるのに、なぜ高卒が必要なのですか?」と迫る僕に「ルールですから。とか常識ですから。。。」 納得できる説明は、もらえません。
というか、そもそもの専門学校の考え方に問題があるのでしょうね。たとえば高卒でセンスもなくただ専門学校卒業とか国家試験があるからと デザイナーや美容師さんになっている人は、ゴマンといます。でもほとんど(90%)の人がデッサンひとつも書けないセンスもない人がデザイナーや美容師さんやヘアーメイクとかを平気で職業にしているのが現実です。そのせいもあり今だに僕は、自分で髪を切りますし。。センスのいい美容師さんがあまりにも少ないので。。。
話がそれましたので本題に戻します。。
「では、僕が常識がないのですか?」 となおも食い下がると 「帰ってくれ」 と追い出される始末。作品持参で行っているのでせめて作品だけでも見てくれてもいいのでは、ないだろうか。。。システムだからルールだからと断る。。(これは、悪までも30年以上前のお話なので。。今は、もっといいシステムかもしれません。)
「また差別か。。才能や努力より、学歴か。世の中こんなことばかり。。。」
両親がきちんと揃っていて、人並みに学校を卒業していなければ、世間は、認めてくれないのか。
能力や実力で判断する複雑な審査法を排除して、わかりやすい、誰もが簡単に判断しやすいシステムで対応しようとする。こんなことでは、世界に通用するアーティストが育つわけがないなぁ~と子供心に感じたものだった。
いつか自分が立派になったら、この矛盾したシステムを変えてやろう。学ぶ意欲のある若者を育てられる学校をつくっていこう。 世の中のしくみを変えていきたい。また変えられるだけの男になりたい。そのためには、すべてにおいて力をもたなくては、ならない。そうまた新たに決意した瞬間だった。
つづく。。。
