こんばんは。フェイスブックのお知らせで、友達がオペラに行ってきた報告を読みました。

 今日上演されたものは、イタリアの作曲家、プッチーニのマダムバタフライ(蝶々夫人)を元にした、「オペラとお芝居の組み合わせたお芝居」だったようです。

 「感動した!」とのことですから、わかりやすくする工夫が施されていたようです。


 リサも以前、オペラの舞台にも立っていたので、懐かしく感じました。今でもオペラは大好きです。

 イタリア語などの原語で上演される場合と、日本語の訳詞で歌われるもの、また、お芝居の進行だけ日本語で演じ、聴かせどころのアリアだけ原語という試みもありました。

 一番元の作品に忠実なのは原語で歌われるものです。でも、それをやると、国内での場合は、日本人が日本人の聴衆を前に、イタリア語で上演していることになります。

 よほど詳しい人が聴かないと、普通の人が何も下調べもなしに行ったら、おそらく、退屈な時間の方が長いのではないかと思ってしまいます。

 始まる前に、事前の解説を行ったり、歌舞伎ではありませんが、イヤホンで、同時通訳・解説がつく場合もあります。また、字幕を舞台の上や壁のスクリーンに映し出すのは以前から行われてきました。

 理解して戴くには、これぐらいの努力は最低でも必要です。

 洋画の場合は、映画館でも字幕を見ながらですよね。

 でも、オペラの場合には、物語の内容プラス、歌、独唱、斉唱、重唱、合唱、演技、オーケストラ、(時にはバレエ)、美術(大道具、小道具)、メイク、衣装、照明、演出、指揮といろんな要素が総合的に組み合わされているので、楽しもうと思ったら、下調べが必要です。

 少なくとも、時代背景、その国の文化、言語、登場人物のキャラクター、人間関係、、物語のあらすじ、どんな場面で構成されているのか、聴きどころ、演奏の様式や解釈などがわからないと、「声の良し悪しと雰囲気」しか伝わらないのではないのかと、思ってしまうのです。

 オペラを楽しもうと思ったら、相当な勉強が必須で、背伸びが必要になってきますね。

 もちろん、理解すればするほど、奥の深さが感じられて、一生聴き続けていきたいと思う人も多いのも確かですが・・・。

 だから、芸術なんですね。「演じる方」にも、「観る側」にも妥協を許さない、そんな厳しさすら感じることがあります
。努力の末に大きな喜びがあるわけですね。

 でも、私たちが歌うのは芸術音楽ではなく、大衆音楽。

 「わかりやすくなくてはならない」という大前提があるのですね。何の予備知識が無くても、その場で万人が理解できて、感動が伝わらなくては意味がないのです。

 亡くなった、シャンソン歌手兼訳詞家の方は、お客様から、「今日は、よくはわからないけれど、立派なものを聴か出て戴きました。ありがとう!」などと思われたら負けだ!」。

 でも、「あの歌」、「あの部分、わかるな~、そういう失恋した気持ち!!今日は素敵な夜だった!」と感じて戴けるような、わかりやすい演奏を心がけるように奨励していたと聞いたことがあります。

 「立派な声」より「伝わる声」。そして、「お客様が、背伸びしなくても、お楽しみいただける歌を目指す!」

 今ではリサの、素敵な、教訓になっています。


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