モヤモヤなことをテーマに追加。
これは姪には見せられないカテゴリ。
だけど、事実。
ここからは、このカテゴリの投稿が目立つかもしれません。
在宅看護になり、もう時間が迫っている、という時。
それでも私や私の家族は、それが受け入れられなくて。
わかってはいるけど、まだ一縷の望みを持ちたい気持ちで
ただただ姉に寄り添っていた頃。
義兄、義兄の母は、私の母に、それぞれこう伝えていたらしい。
「もうこのような状態なので、◯◯(姉)のものの片付けを進めてください。
こちら(義兄、義兄の母)では分からないので。」
まだ姉の息がある中での出来事だったようで。
私が言われたわけではないですが、そのような状況で追い打ちをかけるような言葉を
母にかけたようで。母は一気に義兄、義兄の母に不信感を持ったよう。
その話を聞いた私や父も同様に。
そして通夜の夜、教会に泊まったのは私の父、母、夫、私。
通夜の夜ご飯や葬儀の朝の朝ごはんなども、義兄からはねぎらいの言葉やお茶1つもなく、
普通に葬儀の1時間前くらいに、「おはよう〜」と、現れました。
(諸々、私の夫がせっせと気を遣って、何も言わずとも色々としてくれました。感謝)
キリスト教的には仏教のように側で過ごす、という風習がないだけかもしれませんが、
父と母からすれば、姉は義兄に本当に愛されていたのか、と疑問を持つように。
そのわだかまりは、今も続いています。
通夜や葬儀に関しても、家族葬としてこじんまりとしよう、
後々友人や会社には伝えよう、という話でまとまっていたのですが、
義兄の会社の人がくるくる・・・。
よくよく聞けば、「会社に伝えたら広まって〜」とのことで。。
そりゃぁ、葬儀は家族でするので、って言わない限り、そうなりますよね。
そして、「広まって〜も〜大変」という義兄が少し誇らしげで嬉しそう。
弔電の読み上げに関しても、姉に関するのは勤務先のみ。
姉を小さい頃から知っている知人からきていても、無視して、
義兄の仕事関係のものばかり選んでいて・・・。
なんのための葬儀なんだ・・・という気持ちでした。