ボクシング界の世界でいわば必要悪として存在する斬られ役「噛ませ犬」。
その噛ませ犬の99%はボクシング界という華やかな世界からひっそりと消えていくのだが、かつてのイギリスに驚異的なキャリアを誇った史上最強の噛ませ犬が存在した。
そのボクサーの名はピーター・バックリー。1990年代中頃のヨーロッパ中量級で活躍した選手だ。
①でも述べたがボクシングという競技は敗戦というモノが精神のみならず肉体も蝕む競技である。
そのため、競技を運営するコミッションは1勝10敗や2勝8敗1分と言った先の望めないボクサーには強制的な引退勧告をするのが普通だ。
しかし、このバックリーという選手は生涯戦績が32勝(8KO)256敗(!)12分という唯一無二なキャリアを残したボクサーである。
ある意味下手な世界王者よりもインパクトのあるボクサーだった。
この選手は基本的に逃げ足が速いし、防御の技術だけはトップレベル。パンチをまともにもらった試しがない。
そのため、同時期のヨーロッパ中量級のホープで、バンタム級からライト級で上を目指すボクサーは大体はバックリーの「お世話」になった。
それ故にバックリーの裏のリングネームが「Professor(教授)」である。
そんなバックリーと手合わせして有名だったのが、奇想天外なボクシングで名を馳せたWBO・フェザー級王者のナジーム・ハメドだ。
悪魔王子と呼ばれたトリッキーなボクシングでデビュー当初から注目されていたハメドも1994年の1月29日に「教授」のレッスンを受けた。
結果はハメドの6RKO勝ち。ハメドはバックリーの数ある敗戦の中でも、わずかに10しかないKO負けをなすりつけた稀有なボクサーとして、キャリアのレコードに名を残している。
最終的に引退する時にバックリーは噛ませ犬なのに、引退セレモニーもあったという。
こうした噛ませ犬という惨めな存在も、ここまで数をこなせば(冗談抜きで)1つの勲章である。
斬られ役というのも悲しい役回りである。しかし、そんな存在も将来を嘱望される若者に自信を与えるのに必要な立場でもある。
どんな脇役にも存在意義はある。