先日も、筆者は減量論について持論を述べたが、書き足りないので今回もまた減量について述べる。
このブログを読んでくれている読者なら分かるだろうが、筆者はボクシングをやっていた。
ボクシングという競技は周知の通り、減量というのが必要な世界である。ボクサーがなぜ、試合前の1ヶ月ほどで8キロも減量するか?といえば、そうした減量をしないと、大人と子供くらいの体格差が生じてしまうからだからだ。
しかし一方で、日本の場合以前も書いたが、ボクシング(というより階級制格闘技全般)でも、女の子のダイエットでも体重を極限まで落とすことにカタルシスを得ている風に見える。
しかし、ボクサーにとって減量というのは、本来なら試合前の準備に過ぎず、計量をパスしただけで、勝ったような騒ぎをする陣営というのは、ある意味で本末転倒である。
ではそもそも、なぜ日本のボクシング界は過度な減量をボクサーに強いるのか?という話だ。
これは日本のボクシング漫画の二大巨頭である「あしたのジョー」と「はじめの一歩」の影響を多分に受けているからだ。
筆者もこの2つの作品は愛読していた。というより、はじめの一歩がなかったらボクシングの道には入らなかった。そして、この2作品は日本の漫画史上の五指に入る名作である。
しかし、あしたのジョーのちばてつやや、はじめの一歩の森川ジョージの2人は減量による医学的根拠のある知識を持っていない。当たり前である。漫画家なのだから。
もともと、あしたのジョーでジョーのライバルである力石は大柄なウェルター級(66.6キロ)で、矢吹ジョーはバンタム級(53.5キロ)。当初、あしたのジョーの執筆陣が、ボクシングの知識がなかったが故に、そこから力石が過酷な減量にカタルシスを感じるような展開に推移した、という経緯がある。
しかし、漫画の中でボクサーが死んでも(力石には葬式も執り行なわれたが)なんとでもなるが、現実の社会で実際の生身の人間が同じことをさせてはリング禍(試合での死亡事故)に直結する。
更にタチが悪いのは、日本のボクシング指導者も、減量などに対して医学的知識がないまま、ジョーや一歩のような過度な減量をボクサーに強要している点である。
ここから先は②に続く。