今回のブログを見て「相変わらず独眼鉄はよくわからないことを言っている」と思っている読者も多いだろうが、もちろん意味があってのことなので、ご了承願いたい。

冒頭のタイトルにある「成り上がり」はわかるだろうが、「サヴァイヴ」という言葉がどういう概念なのかわからない読者もいるだろう。まずはそれを説明したい。

サヴァイヴというのは、今こうしたロールモデルがない混沌とした時代に残る若者の欲望で「生き残りたい」という考えを第1にした価値観のことを指し、もとは2010年代のテレビの深夜アニメの中から生まれた概念である。

ここで成り上がり系の人間の生き方とサヴァイヴ系のそれを比較してみるが、成り上がり系の人にとって欲望というのは自動車で言うガソリンのようなモノで、自分の人生を全うするために必要不可欠なエネルギーに他ならない。

一方で、サヴァイヴ系の人にとっての欲望というのは、必要最小限の欲望があれば、あとの残ったエネルギー(欲望)というのは邪魔なモノでしかない。そのため生命維持以外の欲望は極力持たないのがサヴァイヴ系にとってベストだ。

そして、サヴァイヴ系の人の目標は特権階級のヒエラルキーに潜り込んで天下を取ることではない。

自分の所属する組織の中でのパワーバランスに、浮遊するように適度な距離感をキープして、最下層の人間でもいいから「ただその場に存在だけする」のを目的とし、サヴァイヴ系人間の辞書に「上昇志向」という言葉は存在しない。

こうして、今回サヴァイヴ系と成り上がり系の人生における価値観の違いを説明したが、それがどうスポーツと繋がるか?という話だ。

これがちゃんと繋がるのだ。②では成り上がり系のヒエラルキーでデザインされたシステムでのプロスポーツ界というのに対して、サヴァイヴ系が増える本来なら競技者になるはずの若者にどうアプローチしていくかを述べたい。