①では日韓W杯の頃と比較して、東京五輪が本当に必要なのか?という話をしたが、もう少しこの話を続けていきたい。

2013年に東京五輪が開催されることが決定したわけだが、その頃から五輪に対する利権争いが酷かった。新国立競技場の建設費の問題やエンブレムの問題etc…。

日韓W杯での問題で言えば、茨城県の鹿島スタジアムもW杯で観客席のキャパを2万人から4万人に増やしたものの、今の鹿島の平均動員数は1万5000人前後である。W杯でゼネコンに仕事を増やしただけで、クラブは何の恩恵も得ていない。

2002年にあれだけ皆サッカーに熱狂していたのに、15年経った今現在Jリーグの話題というのが全く登ってこない。それどころかW杯で200億円もかけて作った大分県のスタジアムも維持費の問題で県や市といった自治体に逆に負担をかけている。

問題は過去にサッカー界でこうした問題があったのに、政治家がその失敗を顧みずにカネに目がくらんで同じ失敗を繰り返そうとしている点にある。

「老人の馬鹿が本当の馬鹿だ」という言葉があるが、老人になっても同じ失敗を繰り返そうとしている日本の政治家はそれこそ本当の馬鹿である。

2020年に東京五輪を行って大騒ぎして熱狂を生み出すのはいいが、そうしたスポーツの熱狂が2030年や2040年にも文化として継承されていくのか?というのが疑問である。少なくともサッカーではそれはほとんど継承されず2000億円というカネが無駄になった過去がある。

無責任な政治家やメディアの言葉に踊らされるより、都の税金で行うイベントの在り方というのを我々都民は考えるべきである。