先日、錦糸町フットボール義勇軍のトークショーを見に行って、ロック総統の考えというモノに共鳴できる部分も多々あったので、総統の書籍やDVDも購入し、自分なりに総統イズムというモノを自分の体内に注入しようと思った。

そうした話のなか、ロック総統のサッカー全国行脚の道中で、静岡県藤枝市で元ジュビロの山西尊裕さんとのトーク映像があった。

そこで山西さんがロック総統と2人で共感しあったところでは「ずっと勝ち続けられるチームなんてある訳がない。全盛期のジュビロでも対戦カードが悪いとスタジアムは埋まらなかった。試合結果だけに委ねるサッカー(というよりスポーツ)ビジネスは危険だ」

「それよりも弱くてもスタジアムが満員になるクラブが良いクラブだ」という名言が飛び出した。

筆者もこのブログのなかで試合結果だけに左右されるスポーツ文化というのが、後々気持ちが持たなくなって、貧困の文化になりつつあるということをロック総統と出会う前から書き連ねてきた。

卑近な話で恐縮だが、筆者が20年来見てきたボクシングも露骨な結果第一主義、ロック総統ではないが(勝敗のみにしか価値を見出さない)原理主義が蔓延していて、つまらん試合でも勝てばいいと言って塩試合(しょっぱい試合)が増え、ボクシングそのものがつまらない陳腐な世界に成り下がり、同じ後楽園ホールのプロ格闘技でも新日本プロレスよりも観客動員数で水を開けられている。

昔、はじめの一歩で主人公幕之内一歩の師匠である鴨川源二会長が「プロボクサーに問われるのは結果のみ。2連敗。既に商品価値は薄れている」と連敗した輸入ボクサー(外国籍ボクサー)に非情な宣告をしたシーンがあったが、あれから四半世紀が経って、後楽園ホールの客席には閑古鳥が鳴きまくっている状態になった。

話をサッカーに戻したい。そんな今の日本のプロスポーツというのは結果至上主義が蔓延しているが、こうして考えてみると、理想のJクラブというのは意外とダメ虎時代の阪神タイガースだったのかもしれない。〈②に続く〉