最近こうしたネタが多いが、スポーツというテーマを捉える上で外せないのが「グローバル化」。

グローバル化‥‥国境の境目が希薄になり、国家間のヒト・モノ・カネの流通が促進されること。

今更この地球に住んでいてグローバル化の影響を(良くも悪くも)受けていないのは、国ではない南極大陸ぐらいなモノだ。

しかし、このグローバル化という激流により、先進国のアドバンテージはなくなり、またその先進国の国民がやりたがらない仕事を途上国の人間がやるようになって、結果的に先進国の国民の失業率が高くなった。

ウチの近所の激務で有名な某牛丼チェーン店もベトナム人が複数いて、筆者のオーダーした持ち帰り牛皿を店員同士がベトナム語でやりとりしながら作っている(実話)。筆者の家の徒歩圏内でもグローバル化の網に掛かっているのを実感する。

さてさてスポーツの話題に戻ろう。そんな純血な日本人の筆者が、以前日本語を教えるボランティアをしていた。その施設に若いドイツ人男性がいた。

筆者は当時「ボクシング教原理主義者」でもちろんボクシング専門誌も発売日に買っていた。

そのドイツ人に日本人ボクサーとの対戦経験もあるドイツの世界王者の写真を見せて、「君の国のボクサーは、遠く極東の島国ではこういう風に紹介されているよ」と伝えたかった。

‥‥しかし‥‥

そのドイツ人は「このボクサーはドイツ人じゃない」と言い出した。

筆者は「この専門誌は間違っていないはずだ」と返すと、

「確かにこのボクサーは今はドイツ国籍を取得しているが、出身は違うはずだ」と答えた。

そうして筆者が東欧の国を挙げていったら、結局そのボクサーの出身は旧ユーゴスラビアの選手だった。

当時のドイツ・ボクシング界は「外国人天国」で、昔のペレストロイカではないが、東西冷戦の終焉による東欧やトルコなどの移民から来た外国出身ボクサーが、我が世の春のように豊かなドイツのリングで荒稼ぎしていた(その最たる者がウクライナ人のクリチコ兄弟)。

またドイツも前述のように、国内のいわゆる3Kの仕事を移民がやるようになり、ドイツ人の失業率も高くなった。

別にこのブログの読者にマニアックなドイツ・ボクシング事情を知ってもらいたくて、こんな話をした訳ではない。ただこのヨーロッパの内情がアジアのどこかの先進国に似ている。そう。我らが日本である。〈②に続く〉