①では日本球界屈指の名将が残した補強に対する持論を説明したが、②では筆者が応援しているJ2でくすぶっているジェフ千葉について述べたい。

あまり過去を懐かしむだけの終わった老人のようなことではなく、未来に向けて生きる活力のあるようなブログにしたいが、ここで昔のジェフに対して考えてみたい。

①がプロ野球界の名将・野村克也なら、②ではサッカー界の名将イビチャ・オシムである。

W杯でユーゴスラビア代表をベスト8にした名将が、2003年に日本のお荷物クラブ(ジェフ市原)を指揮し始めた時はスタジアムもしょぼくて選手もいない、まさに何もないクラブだった。

後にオシム・チルドレンと呼ばれる「オシム学校の門下生」は皆、前回の野村監督にあるような「功ある者より功なき者」の集まりだった。

羽生直剛や村井慎二・水野晃樹いった選手はもともとJのスカウトからは「身体能力は高いが小柄すぎる」と言われ、巻誠一郎は身長はあるが「利き足は頭」と言うくらい足元は下手くそ。当時のオシム門下生の面子というのはそんな鹿島や浦和のような一流クラブのスカウトのプロテクトリストから漏れた「功なき者」ばかりだった。

しかし、オシム監督はそんないわば全く金のない限られた材料費で食通(目の肥えたサッカーファン)を唸らすご馳走を作るような有名シェフのような名監督だった。オシム監督はそんな一流という評価を受けなかった選手を、走る攻撃的なムービングサッカーの集団に鍛えあげた。そしてそのオシム監督の元でその功なき者たちは2005・06年にナビスコ杯を連覇し、そこで彼らは「功ある者」に出世した。

…しかし…

オシム監督が退任してから、ジェフの成績も下降線し門下生も流出。クラブもなまじ実績がある分、名門復活とばかりにJ2での補強も功ある者ばかりをかき集めた。

「北関東のハングリーウルフ」ことリカルド・ロボ、鹿島のスタメンだったボランチの中後雅喜、オランダ・ユトレヒトの藤田俊哉やセリエAのレジナルドや森本貴幸に欧州CL経験者のファン・ゲッセル…。

まさに「功ある者」をかき集めたが故の失敗に見える。そしてそんな彼らを集めたジェフはJ2も今年で晴れて7年目だ(泣)。彼らが監督の言うことを聞かなかった訳ではないだろうが、ジェフのフロントはもう一度クラブの歴史を見直して、クラブの補強を見直してもらいたい。