〈①からの続き〉筆者が座っていたすぐ横の通路を通ったヘビー級世界ランカー。そして筆者はその選手の身体に気づいた。
ウェリバー(世界ランカー)の脇腹には大量の脂肪がまとわりついており、だるだるにたるんだその身体はヘビー級世界ランカーの肉体というより、両国国技館で相撲をとる、あんこ型の力士のような体型だった。
そんな中で試合のゴングがなった。ヘビー級の元K-1戦士らしからぬ機動性の高い俊敏なアウトボクシングをする藤本の前に、ウェリバーは左強打を狙うもたるんだ腹が邪魔してあっさりスピード負けをして、淡々とラウンドを消化し藤本が判定で快勝した。
この勝利は「藤本が強い!」というより「あの米国人は本当に世界ランカーだったのか?」という看板倒れな感じだった。
さてここで今回のテーマでもある「ボクシングはオトナの世界」である。この試合の一連のどこがオトナの世界だったのか?
話は前後するが、この試合の前座にあるヘビー級の試合が組まれていた。
その試合はWBC27位のフランス人ジョアン・デュオーパという選手と日本人選手との試合だった。
「このフランス人も世界ランカーじゃん」と思うかもしれないが、世界ランカーというのは王者に挑戦出来る15位までのことを指し、そこから下のランクは暗黙の了解で世界ランカーとは呼ばれないのである。
しかし、このデュオーパという選手はリングに上がった時から何かが違った。腹回りが3つに分かれてたるんだ脂肪を目立たせるメッキの世界ランカーとは違い、ちゃんと引き絞って6つの腹筋を作った本当の意味でのボクサーだった。
そしてこのデュオーパというフランス人は強かった。相手が打つ左ジャブに右クロスを再三合わせる右のクロッサーで、相手のパンチを恐れない勇敢な踏み込みとドンピシャのタイミングで打つカウンターの攻撃面でのテクニックを極東のリングで見せつけKO勝ちをした。
帰りの電車で筆者は「あのフランス人の方が世界ランカーの器だった」と思っていた。
そこで今回のテーマである「ボクシングはオトナの世界」だ。
世界にはプロボクシングの興行システムが破綻して試合が出来ない国がいくつかある。東洋だとお隣韓国がそうで、欧州だとスペインも当てはまる。
そしてデュオーパの祖国のフランスもボクシングは壊滅状態だ。昔フランス人の五輪金メダリストのプライム・アスロウムもプロ転向したモノの国内で試合が組めず、パッとしないまま終わったことがあったが、仮に強いボクサーがいてランキング上位の実力者であっても、国内に大金が動くビックマッチが組める有力プロモーター(試合主催者)やマネージャーがいないとランキングは上がらないのである。
逆にウェリバーみたいに実力に下駄を履かせた選手でも、マネージャーや関係者の集金力や政治力で実力以上のランキングも可能である。
デュオーパも後に苦労の末世界ランキング上位に入り世界挑戦もしたが(判定負け)、もしデュオーパが(プロボクシングが潤っている)英国やドイツの選手だったら世界のベルトも夢ではなかった。
ボクサーという生き物は2つの拳だけで自分の道を切り開くというイメージがあるが、意外とマネージャーや他の関係者の政治力や集金力などカネの世界に敏感な環境である。だからボクシングは「オトナの世界」なのである。