今、自分のiPhoneでネットサーフィンをしていると興味深い記事があった。

「スリランカ初のボクシング興行で女子世界戦。日本人王者が防衛」

筆者も最近は会場でボクシングを見に行く機会がめっきり少なくなり、海外のボクシング事情というのもかなり疎くなった。

しかしそれでもスリランカという国とスポーツという繋がりというのは、これだけボーダーレス化した時代でもあまりイメージが湧かないのが正直なところだ。

スリランカでイメージ出来るスポーツ選手というのは、横浜F・マリノスのボランチで日本人とスリランカ人のハーフである熊谷アンドリューくらいである。

そうした日本にスポーツでは特に馴染みのない国での、ボクシングというプロ格闘技興行の成功というのは、実は日本のプロボクシング界において重要なことである。

このスリランカでの興行で裏方として動いていたのは、先日引退した元世界王者の亀田興毅だった。

亀田三兄弟については色々悪く言われていて、日本のボクシング史上後にも先にもあれだけ絶対的なヒール(悪役)はもう生まれないだろう。

ただ亀田家のネームバリューというのは(悪名とはいえ)かなり知名度は高いので、ボクシングに馴染みの無い国での興行で地元の有力者や政治家などに援助を求めるには、ある種うってつけのキャラでもある。

①ではボクシング未開の地での普及活動の流れを述べてきたが、②ではそうした活動の意味をもう少し深く見ていきたい。