筆者も(箸にも棒にもかからなかったが)トップアスリートを目指した時期もあり、今こうしてアラフォーのおっさんになって2年半スポーツのブログを書くようになって、スポーツについて色々分かったことがある。

もちろん筆者のようにスポーツで大成しなかった三流の言葉を、今現役でスポーツをやっている選手が聞く気になれないのは分かるので、単なるおっさんの独り言と捉えてもらえればそれでいい。

筆者は中1から柔道やボクシングなどの格闘技の世界を20年以上にわたって末席を汚してきたが(途中野球もやったが)、格闘技で天下を獲りたいと思いそしてその素質がないことも薄々分かり、「自分に才能があれば…」とやさぐれた時期もあった。

しかし、ある程度おっさんになると天賦の才能だけでスポーツの世界を渡っていけるほど、この世界は甘くはないことが分かった。

筆者は中1~2は地方の某中高一貫の私立中学で、3年は首都圏の市立中学で柔道をやっていた。

最初の中学にも次の中学にも(タイプは違うが)柔道センスの塊のような奴はそれぞれ存在した。

最初の中学の天才は柔道部だが濃い顔のイケメンで、柔道部なのにモテまくっていた。

そいつが練習と授業以外でなにをやっても自由なのだが、練習中の乱取り(実践練習)でもやたら帯を直してさぼろうとして、練習よりデートに行くようになった。

次の中学の天才は地区予選レベルではまさに無人の野を行くような、(ビジュアル的に)俺物語の剛田猛男のような猛者で、そいつは高校では県内有数の強豪校に進学した。筆者はそいつが柔道で五輪は無理でも正力松太郎杯に出るのでは⁈と思うような圧倒的なパワーとセンスが備わっていた。

しかし、そいつも県内の柔道名門校に入って初めて挫折して、正力杯どころか団体戦のメンバーにも外れていて、愕然(がくぜん)とした。

その後も柔道は続けていたらしいが、久々に地元で会ったら煙草三昧になっていた。

まだ話は続くは今日はここまでにして、次は②で話したい。