以前このブログでフィギュアやバレエをやるのに、子供が一人っ子の上に共働きでないと厳しいという話をした。

この事に関して自分も結婚していてもおかしくない年齢なので、この件についてネットではあるが少し調べてみた。ただこうして考えてみると世間で言う日本の少子化というのはある種必然のような気がした。

その上で今回のブログはスポーツの現金化という要素よりも、以前書いた社会問題についての要素が強い。ただ今回は若い夫婦が子供にやらせる習い事(前述の種目以外も含めて)という意味もあるので、(拡大解釈だが)ご了承願いたい。

今更ながら子供を養うのには金がかかる。習い事させるならなおさらだ。筆者もこういうブログを2年以上やっているので、その事は重々承知である。

以前このブログで靴の話をした。その中で高校のサッカー部員が部活をする為に10000円以上するスパイクを買ったり、フィギュアのスケート靴が消耗品の上にトップレベルなら10万円かかるという事も述べた。

サッカーのスパイクはスポーツ用の靴の中では比較的長持ちするし、フィギュアも好成績を残せばスポンサーもつく事も可能だから、まだ報われる要素が見えない訳でもない。

しかしほとんどのスポーツ選手とその親は、競技を続ける為にお金の問題に悩んでいる。

しかし今ハマって読んでいる漫画で「秋月あきひろのポジション」(野村宗弘著・イブニング)でも、主人公のプロ野球の育成選手が「なんで野球用品は皆あんなに高いんだろう。アマチュアの時はキツかった」と嘆くシーンがあったが、日本の国技である(競技人口が多いから本来薄利多売な可能な)野球でさえ用具代は高額なのだから、他の競技は推して知るべしである。

そんな靴以外にも平気で福沢諭吉の肖像画が、あっと言う間に習い事という名の教育費として羽を付けて飛んでいってしまうスポーツの世界。そんな習い事というモノはまさに特権階級ではないが、お金がないとスタートラインに立つ資格すらない(嫌な言葉だが)格差社会のステータスになった。

昔は結婚というのは「若者」の特権だったのが、今では「セレブ」の特権になった。

②では日本人男性の世代別の年収を例に挙げながら、この問題について深く切り込んでいきたい。