少し前の話になるが今年(2014年)のW杯でいつも聞いている朝のTOKYO FMのラジオ番組内のコーナーでセルジオ越後が録音でゲスト出演をしていた。

周知の通りセルジオ越後は40年前にブラジルから単身日本に渡り、日本が野球狂の国の頃から少年サッカー指導等の草の根活動で、サッカーの文化啓蒙の運動をしてきた。

そのセルジオが40年前から今現在までずっと不思議に思い、今も改善されていないことの一つに「なぜ日本のサッカー部は部員100人のチームでも1チームしか出られないようになっているのだろうか?」ということである。

言われて見れば我々日本人はそれが昔から当たり前だから疑問にも思わなかったことであるが、セルジオ曰く「部員120人の学校があれば1チームだけ出場させて後は応援団にするのではなく、1グループ30人の4チームを1校から出場させたほうが、サッカー界の発展になる」と言っていた。

彼はまた「サッカー人気が上がってサッカー部員が増えて、JFAに(部員から入る)加盟金が協会内部で潤っても、今の仕組みのままでは本当の意味での競技者人口の増加ではなく、日本サッカー界の強化にはならない」とも言う。

確かに日本の場合、甲子園やIH等で1校1チーム制度が昔から定着しているので疑問を持たないでいたが、考えて見ればおかしな話である。どんな競技でも選手に出場機会をできるだけ多く与えるのが指導者やスポーツに携わる大人の役割なのに「今までこうやってきた」「前例がない」の一辺倒で子供の成長の機会を妨げているのは、大人の役割を果たしていないことに他ならない。

そもそも1校1チーム制にこだわるメリットというのは何なのだろう?結局スポーツに携わる大人たちが前例を変えるのが面倒臭いだけにしか見えない。

確かに出場チーム数が増えることによって試合をするグラウンドや試合に携わる審判の確保などの問題もあるが、日本がヨーロッパや南米のような真の「サッカー大国」に変貌する為には、(芝でなくても)試合の出来るグラウンドの確保や、草の根レベルでの試合でも高いレベルの審判の質の維持というのは、地味で単調な努力かもしれないが大国化への脱皮には重要な通過儀礼である。

それを協会が「前例がない」「面倒臭い」と目の前の課題から逃げていたら、次のロシアW杯でも日本代表はサッカー大国化のチャンスを逃し、アジア王者の地位で世界との距離を縮めないまま足踏みを地団駄を踏むように叩きつけることになる。

JFAも目の前のサッカー人気に胡座をかかずに、日本の真のサッカー大国化の為の努力をして貰いたいものである。

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