筆者(独眼鉄)も何度も言うようだがマンガを読むようになって30年以上経つが、それまで日本の年長者に「つまらなく下らない」と相手にされなかった日本のマンガが「Manga」カルチャーとして海外から逆輸入されるようになり(どうでも良いが日本社会で革新的な変化が起こる時は幕末の黒船の頃から、日本の逆輸入車といい以前にスポーツの現金化で書いた女子のスキージャンプやボクシングといい今回のマンガといい、いつも強烈な外部からのプレッシャーがかかった時のみ変化する。この国の年長者は形骸化した権威に弱いのは歴史的にみて、どうしようもない伝統である)、今の日本の貴重な外貨獲得手段にまで出世した。しかしそんな日本が世界に誇るマンガも今かなり急激な変化が起こっている。

前のまんが道でも書いたことだが、今の時代(スポーツマンガというくくりだけでも)昔に比べて面白いマンガは増えた。しかし今の時代マンガも折からの出版不況で(昨今はマンガ雑誌を買わなくてもスマホ一台でいくらでも時間が潰せる時代になった)、マンガもご多分に漏れず売り上げが減少傾向にある。

そのため今のマンガの編集部内では「2巻までに売り上げを計算できないと打ち切り」「3巻までにブレイクしないと強制終了」と明らかに良いマンガでも「進撃の巨人」や「乙嫁語り」「GIANT KILLING」「宇宙兄弟」クラスのクオリティのマンガのムーブメントがないと、あっさりバッサリ切られてしまう時代になった。

これは今のマンガ文化にとってかなり悪い流れである。今の時代1990年代にサッカー的価値観が一般社会にも導入され(筆者自身もスポーツの現金化でサッカー好きなのは繰り返し述べているが)「短期的にすぐ結果を求める」「努力しないと手に入らないとすぐ諦める」「簡単に絶望して極端な行動に走る」傾向がマンガに限らず普段の我々の社会全体に蔓延して、地味でコツコツ努力して少しずつ自力を蓄える足し算の努力より短期的な楽チンな収穫を求める掛け算の行動が素晴らしいとされ(筆者は勿論足し算の努力を信じるが)、社会全体がマンガの中でも短期的な視野の狭い成果主義に陥っているように見える。

しかし前述のマンガも(進撃の巨人の画力は拙いが)おそらく作者は地味で単調な努力の繰り返しで、自分の作品という荒れ地を開墾して種を撒き畑を耕作しようやく花開いたのである。

しかし今の短期的に成果を求めるマンガの環境はマンガそのものの育成を阻害している。先日ある漫画家のツイッターで「マンガが2巻までに結果が出ないと苦しいというが、スラムダンクの2巻はそこまで凄いマンガだったか?」という下りを見て、確かに筆者もスラムダンクは名作だと思うが2巻までなら花道が晴子ちゃんに一目惚れしてしかし何故か柔道部にスカウトされるシーンぐらいまでで、その時点まで考えれば話そのものは盛り上がっていなかった。

幸いスラムダンクはそうした初期の作風が不安定な時期をなんとか乗り越え、試合を重ねて花道や他のキャラクターの個性にも徐々に厚みが出てきて後に語り継がれる不朽の名作になった訳だが、現在のマンガを取り巻く短期的な成果主義万能社会は未来のスラムダンクの卵にも匹敵するような名作を自分で潰している状態になっている。

マンガに限らず組織でも個人でも老若男女どんな人でも余裕がなく(前に日本橋ヨヲコが自分の作品内で「余裕がない男には女は(その男に)興味を抱かない」「女に優しくする余裕がない奴はいつまで経っても何にもできない」と言っていたが)、また余裕がないから短期的に成果を求める悪循環は危険なことをマンガ関係者は認識した方がいい。