今回のテーマは若者の貧困(雇用問題)というより社会全体の雇用問題なので、「雇用」のテーマで書くこととした。

今回のテーマで欧米の成果主義と日本のそれを比較したいのだが、筆者(独眼鉄)は最初に断っておきたいのだが欧米が何でも正しくて日本が駄目だという訳ではないと言っておきたい。ただ成果主義という考え方が1990年代中頃(つまり約20年前)に、それまでのバブル景気の崩壊と日本型の年功序列や終身雇用の行き詰まりから、成果主義というシステムが日本に導入されたのだが日本という国は海外から何かの仕組みやシステムを導入する時に、その仕組みを劣化させて導入すると指摘した教育ジャーナリストが言っていたが、教育に限らず他の仕組みも同じように筆者は感じる。

では日本の成果主義というのは欧米の成果主義と何が違うというのか。今の時代、日本もホワイトカラーエグゼンプションで残業代を減らすというが(これに関してはアメリカ人の20%は残業代なしというが)、只でさえサービス残業で日本人と日本企業の労働に対する費用対効果(コストパフォーマンス)が海外に比べ低下しているのに、目先の利潤だけで労働に対するモチベーションを低下させて政府は何をやりたいのか正直謎である。

話を成果主義に戻すが、日本企業の成果主義と欧米のそれは何が違うのか?それは成果主義に違いがあるというより、成果主義の「後」に違いがあるのである。ある日本人女性で日本とアメリカで求職活動をしていた方が言っていたことで「アメリカで求職していて助かったことの一つに、向こうでは求職の履歴書を作成する時に生年月日や年齢を書く欄が無いのです。これは自分(その日本人女性)が求職活動する時に本当に助かりました。日本企業だと年齢を条件に履歴書だけで不採用になりますから。履歴書に年齢欄が無いので、それを気にしないで自分のやりたい仕事を探せます」といったことを言っていたことを覚えている。

こういった声に対して日本人の行動科学の研究者は「日本企業の(日本社会の)求職活動時の年齢だけで不採用にする仕組みは差別です。しかしこれらの問題を法律だけではカバーできず、法律を制定しても差別を合理的にしている条件を無くさない限り、陰湿な嫌がらせのような形で差別は続くでしょう」とも言う。

この研究者は「日本企業が中途退職者を率先して受け入れて、労働市場がオープンになって中途退職者が新しい企業に入ってその企業の利益になるような活性化するような雇用環境が必要だが、現状では今いる会社で必要な知識や能力を培うしかないので労働市場そのものが益々閉鎖的にあるという悪循環になる」と指摘している。

今まで考えてみた(ある年齢層での)雇用環境や求職活動や賃金に対する考え方を見ていると(ここまである意味支離滅裂な気がして申し訳ないが)、日本企業の今までの雇用に対する考えと、本当の意味で日本経済が活性化する為の労働市場(雇用環境)のすり合わせが20年経ってもまだ噛み合ってないのである。ある年齢層が年齢だけで不採用になるという閉鎖的な仕組みは法律だけでなく、自分を開かれた労働市場に売り込めて自分が新しい組織で働く事が自分にとっても、新しい組織にとっても、日本社会全体にとっても皆にとって幸せになるという仕組みに作り変えていかなければいけないのである。マスメディアも転職失敗のパターンで揚げ足をとって混ぜっかえすのではなく、新たな雇用の価値観の創出が日本社会全体に必要なのである。

参考文献 リスクに背を向ける日本人 山岸俊男、メアリー・C・ブリントン(共著) 2010年 講談社現代新書